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月華麗君とりかへばや物語~偽りの宦官が記す後宮事件帳~  作者: 葵一樹
後宮の偽女官

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横溢の薫香②

 それから幾日もしないうちに再び永和宮に皇帝が来訪するという知らせがあった。産み月が近い徳妃を慮ってということらしく、皇后もあまり目くじらを立てていないのかその晩の皇帝は永和宮に泊まるという。

 訪問だけであれば酒の用意だけで済むが、宿泊するとなると侍女たちはその準備で大わらわとなった。泊まるのは徳妃の寝室かと思えば、さすがに腹が大きい臨月の女の隣ではお互いに気も休まるまい。ということで急遽客間にあたる棟の寝台を整えることになり、その準備に珍しく白狼も駆り出された次第である。

 久しぶりに正房の外に出た白狼は、先輩侍女の指示のもと客用の布団に手渡された香を焚き染める仕事をあてがわれた。

 布団用の香炉はまあまあ大きく、香をたくさん使わねば布団全体ににおいが移らない。じゃんじゃん使っていいとは言われたが、生来の貧乏性もとい節約志向がむくむくと湧いてくるのを止められなかった。

 その結果、当然のように白狼はその山のように渡された香の一部を拝借することにした。

 もちろん、こっそりとである。火を付けねば強い香りは立たないとはいえ、なにせもともとにおいがするものだ。こっそりと取り分けた香を何重にも布にくるみ懐にしまい込んだ。ちらりと背後を確認するが、侍女の誰もが白狼の行動に気が付いていない。

 そう。白狼のこの悪癖は全く鳴りを潜めてはいなかった。むしろ後宮に来てから一番「やっている」状態だ。衣類を使って即席の縄を作ってからというもの、手指のむず痒さを理由にちょいちょいと侍女の懐から飾り物を抜くのがやめられなくなっていた。

 盗るものはほんの小さな玉飾りや飾り紐なので、わりと何でも下賜してもらえる侍女たちは盗られたことすら気が付いていないらしいのが癪ではあったが。

 ――いずれどこかで売ってやる。

 そのいずれがいつになることやら全く見通しが立たない。しかしいつかこれらが小銭に化けるときがくると妄想することで、日々の監禁生活をしのぐしか楽しみがなかった。

 いくらになるかな、と妄想しながら香炉に火をつけると、たちまち被せた網の間から煙が立ち上る。鼻が曲がりそうなにおいに顔をしかめて、白狼はその上に布団をかけたのだった。


 ★ ★ ★ ★ ★


 そして夜が更け、夜食を用意する侍女を前に徳妃の後ろに控えていると皇帝がやってくるという先触れがあった。

 この間と同様に、扉が開く前に拱手しながら平伏する。今宵は侍女の数もこの間の夜より多く、給仕役、毒見役の他には皇帝の衣を預かる侍女や片付けに控える下女など多くが正房に待機していた。

 もちろん柏もこの場に待機している。徳妃の隣に立ち、何か耳打ちをしてから跪いた。つくづくこの宦官と徳妃の関係も分からない。結局は力関係において柏の方が上だという事くらいしかつかめなかったがまあいい。銀月に知らせれば、翠明たちの情報力で何かわかるかもしれない。

 白狼は胸元に隠した手紙に衣の上から手を添えた。今夜の皇帝の来訪に銀月が来たら渡そうと書いた手紙だった。

 なにせほとんど道具も与えられていないので、下女の一人の袂からこっそり拝借した雑用紙と筆で書いたものだ。多少読みにくい字でも勘弁してほしい。そう思っていると扉が開いた。

 一通りのあいさつのあと顔を上げる許可がでて平伏の状態から目線をあげた白狼は、ややがっかりして肩を落とした。

 本日のお付き宦官は銀月ではなかったのだ。主席の昌健でもない。乾清宮で仕事をしたとき、数度顔を合わせた程度のやつだ。

 まあ毎回そうそう上手くはいかねえか、と小さくため息を吐きながら徳妃の後ろの席に着くとすぐさま目の前の卓に小皿が用意された。毒見の仕事は普通にやらねばならないらしい。

 鴨の煮込み、青菜の塩和え、甘い焼き菓子など、どれもこれも一口ずつ、ほぼヤケクソで口に放り込む。これみよがしに口を動かして喉に流し込み、手を合わせて一礼をすると会食の開始だ。

 和やかに杯を傾ける皇帝に、微笑んで相槌をうつ徳妃。そしてそれぞれに酌をする柏。ここだけ切り取れば、まあまあ普通の主従に見える。しかし今夜の皇帝はお目付け役の銀月が居ないせいか、ちらちらとあたりの侍女を目で物色し始めた。


 ――やっぱ、こいつ碌でもねえ助平爺だな。


 毒見も終わったし、特にこれから仕事もなければ早く下がりたい。白狼は皇帝の隣で酒の瓶を持つ柏へと視線を走らせた。今夜も囲碁かなにかで皇帝がこいつの動きを封じてくれれば、部屋に下がった時が好機である。

 しかし皇帝は思った以上に箍が外れていたらしい。

 柏から視線を動かすと、ばちりと皇帝と目が合ってしまった。その途端、皇帝が破顔する。この表情は見たことがある、と白狼の背が粟立った。


「そういえばそこの侍女は見ない顔だが、新入りかな」


 目線は仕方ないと思おうとしたというのに、ちょいちょいと皇帝は手招きをするではないか。その目つきは初めて承乾宮で会ったときに自分に向けられていたものと同じだ。

 銀月から聞いてねえのか、と白狼は目をむいた。


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