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月華麗君とりかへばや物語~偽りの宦官が記す後宮事件帳~  作者: 葵一樹
妃嬪の徴証

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後門の狼③

 どういうことかと散々説明させられた後、さすがに贈り物を贈られっぱなしはいけないということから永和宮へお返しをすることになった。

 普段、銀月の宮に来るものなど侍医か皇帝くらいなものだ。嫌味を言いに来る皇后の女官でさえ、その来訪は数か月に一度程度である。

 ほぼ白狼宛てとはいえ承乾宮は贈り物を届けられることなど稀な宮だが、礼を失することはいかんと翠明が判断した。

 その結果、白狼は姫君の装束を解いて荷物を持ち、黒花の後ろをついて永和宮へと向かっていた。


「せっかくの傑作だったのに」

「しかたないだろ、銀月に俺のフリさせるわけにはいかねえんだし」

「戻ったらまた髪を結い直すわよ」

「……もうちょっと結び方ゆるめらんない?」

「鬘がズレるでしょ」


 それはそうなのだが、もう少し手加減してほしい。後宮に入って半年以上経つがまだ、白狼の髪は髷を作る一般の男性より少し長い程度の長さしかない。鬘が要らないほどの長さになるにはまだまだ年単位の日数が必要だろう。

 せめて簪を頭皮に突き立てる勢いで挿すのは止めてもらいたい。白狼はがっくりと肩を落としながら黒花の後についていった。

 先触れを出していたせいか永和宮の門にて取次ぎを頼むと、二人はすぐさま正房の応接室へと通された。帝姫自ら足を運んできたわけではなく、やってきたのはあくまでお遣いの女官と小間使いだというのに随分と簡単に正房へ通すものだ。しかも受け取りは直接徳妃が行うという。

 徳妃がやってくるまで待つ間、白狼はぐるりと室内の調度品を観察した。盗るつもりはないが、どうも職業病に近い。

 銀月の宮は瑛賢妃という寵姫が住んでいた宮のため、皇帝から贈られたものや調度品がそれなりに揃えられている。しかし銀月自身はあまり興味がないようで、品は良いが簡素で実用的なものだけが表に出されていた。

 対する徳妃の宮は豪華である。金や朱で彩られた卓や椅子をはじめ、いたるところに螺鈿が施された調度品や大きな陶器の花瓶などが置かれている。

 皇后の宮も豪華であったが、あちらは豪奢というか絢爛というか、とにかくきらびやかであった。こちらは趣味がいい、と白狼は思う。何が良いって特に螺鈿の小物入れがいい。――なぜならあそこには飾り物が入っている、ということが良く分かって狙いがつけやすいからだ。


「徳妃様の御成りでございます」


 戸口に控えていた女官が告げると、ふわりと花の香りが濃くなった。さらさらという衣擦れとの音とともに女性が数名入ってくる。黒花が深々と頭を下げ、それに倣い白狼も拱手して顔を伏せた。


「ようこそおいでくださいました。お顔を上げてください」


 ゆっくりと顔を上げると、そこには薄水色の衣をまとった美女がにこやかに座っていた。

 四夫人の一画にいるだけあって、高く結い上げられた髪には大小さまざまな珠のついた簪を挿し、着ている衣もごく薄手ではあるがゆったりとしていて、まろやかに光を反射する艶のある絹である。目尻に紅を差してはいるが他は薄い化粧のみ。大きく開けたなだらかな額からまっすぐ伸びる鼻筋、その両側にある切れ長の目、桃の花のような色合いの唇など、自らの美しさを過剰に盛ることなく見せられる品のある美女だ。

 そして涼やかでよく通るその声は聞き覚えがある。確かに中秋節の夜に白狼を助けてくれた、あの声である。

 ひどい目にあった記憶が蘇りかけ、白狼はそれを無理やり心の奥底へと封じ込めた。

 徳妃の周りには同じように青系統の衣装に身を包んだ女官たちが並んでいる。全部で十人はいるだろうか。見た感じ、若い女が多い気がした。そして女官の後ろにはこれまた青い衣装を着た小さな影が立っていて、その一番端にいる影が白狼に向かってちょいちょいと手を振っていた。燕である。


 ――下女っていうか、子どもが多いな。


 ここに居る下女だけをざっと数えても十五人以上。どの下女も十二、三くらいか。中庭にもたしか数人が庭掃除をしていたっけ。かなりの大所帯である。年配、というか二十を超えている様子の者は宦官の柏以外は徳妃と、あとは女官に一人いるかいないかのようだ。

 若い女を中心に子どもが大勢いるとなれば、これは相当ににぎやかな宮であろう。


「お目通りがかない、感謝申し上げます。一の帝姫様より徳妃様へ贈り物をお届けに参りました」

「まあ、それはそれは」


 柏、と徳妃が傍らに立つひょろ長い宦官に声をかけると、宦官は黒花が差し出した包みを恭しく受け取った。中身はちょっと前に銀月が注文した白い絹の織物である。肌触りの良い滑らかな生地で、庶民であれば豪華な婚姻の衣装にもなるだろう、しかし銀月は肌着にするとか金銭感覚がおかしいことを言っていたものだ。

 届いたばかりの品物だったがお礼に贈るものとしてはちょうどいい、と銀月自ら倉から引っ張り出してきた。徳妃の人となりを観察して来いということらしい。面倒くさいとは思ったが、黒花と小葉の二人が出かけてしまうと宮の仕事が滞る。そのためわざわざ白狼が着替えてやってきたのだ。


「過日より承乾宮の宦官に対してお心配りいただき、主も大変感謝しているとお伝えするよう言付かっております」


 普段はわりとざっくばらんな口調で話す黒花も、皇帝の徳妃相手であれば畏まった物言いになる。良く舌を噛まないものだと白狼は感心した。自分であればああはいかない。間違った言葉遣いで失笑されるより、ここは黙って頭を下げていたほうがいい。白狼は黒花の言葉が終わると同時にまた頭を下げた。


「こちらこそ先日はそちらの白狼殿にうちの燕を助けて頂いたようですね。あの子はまだ入ったばかりで後宮に慣れていなかったので本当に助かったのです。よほど嬉しかったようで、戻ってからもずっと白狼殿の話をしていたのですよ。今日は噂の白狼殿にもお会いすることができ、とても嬉しいわ」

「恐れ多いことでございます」

「白狼殿」


 会話の中で自然に話しかけられ、白狼はうっかり返事をする前に顔を上げてしまった。場合によっては無礼と叱責されるかと思えば、徳妃はにっこりとほほ笑んでいる。優し気に細められた目と、白狼の目が合った。

 その時、一瞬だけ徳妃の目が見開いたように大きくなったが気のせいかもしれない。じっと見つめられ、白狼はどぎまぎしながらまた頭を下げた。


「近頃体調がすぐれないようだと聞いています。まだ童と言ってもよいお年頃でしょうに、後宮勤めなど大変でしょう。お身体の具合はいかがです?」

「……は、はい。徳妃様のご厚意、感謝申し上げます。もう、すっかり良くなりました……」

「それは良かったです。帝姫様もきっとご安心されたことでしょうね」

「はい、それはもう……」


 実際は体調が悪かったのは少し前のことで、燕の襲来から身を隠していただけに少し心苦しい。視界の端でその当事者である燕が嬉しそうに隣の下女と跳ねているのが見えた。

 しかし燕や下女たちが喜んでいる様をみて、叱るものはいない。それどころか皆ほほえましそうにその様子を見ていた。翠明であれば叱責と、そして拳骨が飛んでくるだろう。

 ふふっと徳妃が笑う。


「燕もあのように喜んでいます。良かったらこれからも仲良くしてやってください」

「は……はい……」

「ありがとうございます、白狼殿。良かったわね、燕」

「こ、こちらこそ……」


 白狼としてはそう答えるしかない。後で黒花に茶化されるだろうことは想像できて、今から気が重くなった。実際、黒花の背が小刻みに震えている。あれは笑いを必死に堪えているのだろう。



「お互いの宮の者がきっかけとはいえ、これもご縁です。これからは帝姫様ともぜひ親しくお付き合いさせていただけますようお願いいたします、と徳妃が申し上げていたとお伝えください」


 朗らかに徳妃が言うと、部屋に並んでいた女官の一人が籠に盛った果物を抱えてやってきた。そしてどさっと白狼に持たせる。ずっしりと重いこれは、どうやらお返しのお返しということらしい。

 こうして新たな伝言と絹織物のお返しの果物を受け取り、永和宮への訪問は終わったのだった。



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