証しの宝玉③
言い過ぎた感はあったが間違ったことは言っていない。
どんなに気心が知れたと思っても、やはり銀月は貴族の、しかも王族の人間なのだ。一介の民のことなど駒の一つとしてしか捉えていないのだと、白狼はひたすら腹を立てていた。
あいつが大人たちの事情で女のふりをしているのは、あいつの選択であいつの事情だ。そのせいで今とんでもない岐路に立たされているというが、こんなことはもっと前から予想出来ていたことじゃないのか。月事が始まったということにならなければ、いつまで後宮に潜んでいるつもりだったのか。
あんな人を人と思っていないやつのために身代わりをしていたり、なんとか輿入れを阻止したいとか考えていたりした自分が馬鹿馬鹿しい。そもそも自分の生き方を事情はどうあれ歪めているほうが悪いのだ。
「一番悪いのはあの爺なんだろうけどよ……」
白狼は側座房の一室で眠っている紅花をぼうっと見つめた。身重で興奮した疲れが出ているのか、紅花は寝台の上で身じろぎもせずに眠っている。まだ腹のふくらみはないが、懐妊を隠していられるのはわずかな間だけだろう。
彼女を生かす道は何か、どうすればいいかは全く思いつかなかった。後宮の勢力図も白狼には分からない。この紅花の主である曹婕妤に知らせたらどうなるだろう。
本人は頑なに拒否していたが、主はこの懐妊を怒るだろうか。もてなしを彼女に任せていたというから、怒りはしない気もするがなにぶんその人柄は全く分からないので何とも言えない。
出産まで匿ってくれたり、暇を出して郷里に帰れるように手配してくれたりするだろうか。
しかし後宮ではなく里で皇帝の子を産んだとなると、のちの火種になるということは白狼の頭でも理解できる。紅花本人が黙っていたとしても、後宮帰りの女が孕んでいたとなると、嘘だろうが本当だろうが生まれた子供を皇帝の御落胤として持ち上げる輩は出てくるだろう。
では皇帝に伝えたらどうなるか。
宝玉の有無は問題ではない気がした。証しとやらがなくとも、あの皇帝のことだから押せば妃に召し上げるというだろう。宮を賜って妃の一員となり、生まれるのが男御子ならば一気に紅花が国母となる可能性が高まる。
が、いまだ出産までいまだ男児を持たない皇后や貴妃が手をこまねいて見ているわけがない。生まれたとしても母子ともに生き残れるかどうか。
――どうにかして生き延びるという目的のため、通常ではありえない手段を取ったのが、銀月たちである。
それは白狼にも理解できたし、命をつないでくれた母のため生き延びなければという銀月の使命感も分からないでもない。今の銀月があるのも、彼らが必死に選択し必死に逃げ延びた結果だ。
ただ、黙って逃げるにしても、公表するにしてもいばらの道だ。どちらにしても彼女の身に危険が及ぶことは間違いないだろう。しかし、その道を自分が選ぶのならともかく、他人が押しやって歩かせるのはどうしても許せなかった。
自分たちの利益のために他人の命を当て馬にする、そういうやり方を取らざるを得ないこともあるだろうが、それを簡単に弱い人間に押し付けるつもりの銀月に腹が立っていたのだ。
ふう、と白狼は細く息を吐いた。
「ったく、なんで俺がこんなこと考えなくちゃなんねえんだよ」
ぶつぶつ言いながら、紅花の枕元にある水差しに手を伸ばす。椀に注ぎ一息にあおると喉から胃の腑にかけてひんやりとしたものが流れ落ちて行くのを感じ、幾分すっきりとしたがまだ駄目だ。
ううん、と紅花が小さく唸った。また吐くか、と白狼は咄嗟に桶を差し出そうとしたが、吐き気ではなかったらしくまた静かな寝息が聞こえ始める。
さっきは小葉がまとって来た油のにおいが刺激になったらしい。悪阻とはそういうものだと翠明に言われ、部屋の窓は開けて空気の通り路は作っておいた。いつのまにか日が傾き、室内を通る風はややひんやりとした冷気を漂わせている。
妊婦に冷えはまずいか、それともにおいがこもる方がまずいか。判断がつかず白狼は気休め程度に窓を少し閉めるだけにとどめた。
「どうすっかなぁ……」
啖呵を切って飛び出してきたものの、どうすることもできずに白狼はもう一度大きなため息を吐いた。
門を叩く音がしたのはそれからすぐの事である。儀礼的な衣をまとった尚宮からの使者が持参したものは、銀月の笄礼(成人の儀式)に関する祝いの宴を行うという知らせであった。




