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月華麗君とりかへばや物語~偽りの宦官が記す後宮事件帳~  作者: 葵一樹
妃嬪の徴証

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月事と茶会④

 引っかかる違和感をいかんともしがたいまま白狼が塵捨てを終えて承乾宮に戻ると、門扉の前では眉を吊り上げた小葉がいた。ぷらぷらと歩く白狼に気が付くと、肩をいからせてのしのしと近づいてきた。


「全く! あんたって子は一体どこまで塵捨てに行ってんのよ!」

「そりゃ焼却場までに決まって」

「時間かかりすぎって言ってんの!」


 銀月に無視される宮にいるより外をほっつき歩いていたいと思って出てきたので、確かにいつもよりはるかに時間がかかっている自覚はある。しかし浪費した時間の三分の一以上は徳妃の宮の宦官と下女に捕まっていたせいだ。

 ――という言い訳は小葉には通用しない。

 むんずと襟首をつかまれたかと思うと、白狼はそのままずるずると宮の中へと連行されてしまった。


「ちょっと! 小葉さんっ、痛いって! 俺普通に歩くから!」

「うっさいわよ! 姫様がお呼びだったのに全然見当たらないんだから」

「姫様? 銀月が?」


 白狼は耳を疑った。ついさっきまであれほど自分を無視していた銀月が呼んでいるなど、思いもしなかったからだ。だからこそ外をほっつき歩いていたというのに、と白狼は唇を尖らせる。

 しかし小葉はそんなことには全く頓着せず、白狼を引きずるように中庭を突っ切り正房へと向かっているようだ。仕方なく彼女に歩調を合わせ駆け足気味にその後に続くと、銀月の部屋の前で周が腕を組んで立っているのが見えた。


「いたか」

「はい。全くこの子ったら、塵箱抱えて宮の外でぶらぶらしてたみたいです」

「まあ見つかったならいい。姫様と翠明様がお待ちだ」


 ほいっと白狼の襟首は小葉から周に手渡される。まだ続くのか、と白狼が声を上げかけたとき、視界に銀月の姿が入ってきた。姫君の装いは解き、髪も頭上で一つにまとめて立っている。あの髪型をするときは、宦官の冠を被る時だと気づいた白狼は聞こえよがしに舌打ちをして見せた。


「なんだよ、また身代わりかよ」


 ん、と銀月は口ごもる。視線は下を向き、表情が良く読めない。普段であればもっと偉そうに命じるはずなのに、と白狼が訝しむと周に捕まれて締まっていた襟首が不意に楽になった。

 やれやれと襟を直した白狼が顔を上げれば、そこにはやけに神妙な顔をした翠明と黒花もいる。いつもの身代わりの準備とは異なる様子に、白狼の眉根が寄った。


「なんだよ、みんなちょっと顔が怖いんだけど」


 おどけた調子で尋ねてみても、一様に侍女たちの顔は厳しいままだ。一番あとに部屋に入ってきた小葉を振り返ると、さっきまで怒った顔をしていた彼女の表情も少し暗くなっている。

 これはますますおかしい。訳が分からないまま白狼は周りを見まわした。そして何度目かに視線を向けたとき、ついにこちらを伺うような表情の銀月と目が合った。

 かちりと視線同士が嵌め合わせられるように重なると、銀月の涙黒子の上に長いまつげが下りる。訝しむ気持ちを隠さずぶつける白狼の目に、細いため息を吐いた帝姫は観念したように口を開いた。


「白狼」

「おう」


 言葉を交わすのは何日ぶりだろう。

 白狼がぼんやりそんなことを考えていると、銀月は傍らに控えていた翠明の手から絹の衣をひったくった。


「姫様⁉」

「なにをなさいます!」


 驚いたのは翠明だけではない。黒花も周もほとんど同時に声をあげた。


「やはりだめだ。私が行く」

「なにを仰るのですか。御身のためと申し上げ、姫様もご承知になったはずでは……!」

「しかし! 危険すぎる!」

「だからこその身代わりでございます! どうかお聞きわけになってください!」

「だめだ! 私が!」


 必死の形相で翠明に、これまた声を荒げた銀月が応じる。滅多に、とまではいわないが銀月がこのように大きな声を出すことなど稀で、白狼は更に訳が分からなくなった。


「なあ、何があったんだよ。いつもの診察じゃねえの?」


 だったら危険なんて、と白狼が言いかけるとそばにいた小葉が首を横に振った。違うの、という声は表情に合わせてやや暗い、と思ったのは気のせいではない。


「お茶会に呼ばれたのよ」

「なんの?」

「皇后陛下の」


 皇后、という言葉に銀月と翠明の動きが止まった。その隙に黒花が銀月の手から衣を奪い返す。ハッと気づいた銀月が手を伸ばしたが、それは周に止められた。それで少し頭が冷えたのだろう。帝姫の表情から怒気が抜け、すとんと肩が落ちた。

 室内に幾分ほっとした空気が流れたが、白狼の疑問は全く解消されていない。首を傾げながら、白狼は改めて銀月に尋ねた。


「皇后のお茶会に呼ばれたのか?」

「……ああ」

「なんで?」

「姫様の、お祝いだと……」


 唇を結んだ銀月の代わりに、翠明が答えた。


「先日、白狼に月事が来た際に診察をした侍医が、それを姫様のこととして皇后陛下に報告したのです」

「あぁ、あれ……か。そういや診察されたっけ……」


 思い出すのも少し気恥ずかしい出来事に言及され、白狼は頭を掻いた。毒にやられたと勘違いしたとはいえ思いもかけず大騒ぎになってしまった上、その後から銀月がそっけなくなったと考えると忌々しいだけの話だ。

 しかしそれと茶会になんの関係が、と白狼が問うまでもなく翠明は話を続けた。


「それで、今日の午後、皇后陛下が成人のお祝いの席を設けたいと先触れが」

「へえ、それに行けばいいんだろ? 何が危険なんだよ」


 もうぼちぼち身代わりになることには慣れている。髪を結われる際に簪やら紐やらが痛いくらいだ。しかし、寄こせよという代わりに白狼が黒花に手を伸ばすと、その手を銀月が止めた。

 ぎゅっと手首を握られた白狼は、意図が分からず銀月を睨んだ。


「なんだよ、銀月。さっきからどうしたって言うん……」

「分かってるのか? お前、殺されるかもしれないのだぞ?」

「はぁ?」


 なんでだよ、という言葉は喉の奥から出てこなかった。銀月のこの上なく真剣な視線に射竦められたようだった。その銀月は、白狼の手首を握った腕にまた力を込めた――。



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