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月華麗君とりかへばや物語~偽りの宦官が記す後宮事件帳~  作者: 葵一樹
妃嬪の徴証

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月事と茶会①

 敷布でぐるぐると巻かれた白狼は、周に抱えられ自室に戻った。後ろを付いてきた銀月は翠明に止められたのかいつの間にか姿を消していて、部屋の寝台に横たえられたときには側に小葉の姿があるだけだった。

 いつも粗雑に、それこそ親戚の小僧程度に粗雑に扱ってくる周が、自分の身体をおっかなびっくりといわんばかりに運んでいる様子も意外だった。小葉がこれでもかと柔らかく温かい上掛けをかぶせてくれたことも驚く。頭近くまで覆われた白狼がもぞもぞと体を動かして顔を覗かせると、目が合った小葉は眉尻を思い切り下げて微笑んでいた。


「とりあえず、体冷やさないようにしときなさいよ? 出血始まったらこの麻布、使っていいから。毒じゃなくて本当に良かった。しばらくあんた、休んでなさい」

「……っだよ。小葉さん、なんか、きもちわり……」

「何がよ」

「優しいから」

「いつも優しいっての」


 軽口をたたきながら小葉は上掛けにくるまった白狼の肩を撫でる。


「しかし、あんた、こんなにキツいの初めてなの?」


 へ、と白狼は首を傾げた。


「何が?」

「何がって、月事。ここに来てから何か月か経ってるけど、毎月そんな素振りもなかったじゃない」

「まい……月?」

「え?」

「ん?」


 話がかみ合っていない、と気が付いたのはどちらが先か。お互いに相手の顔を凝視した後、先に合点がいったと口を開いたのは小葉だ。


「あんた、もしかしてこれが初めてなの?」

「はじ……めて…‥? え? 月事って、この腹痛? 腹痛くなるの?」

「ちょっと、あんた……あー、でも確かに小さいし、細っこいし、栄養状態良く無さそうだったし……あー、なるほど、そういうことか」


 一人で納得した表情をし、うんうんと頷きまくる小葉に意味も分からず白狼は唇を尖らせる。


「だから、何なんだよ!」

「ん-っと、あんたの身体が人よりずいぶん遅いけど、ちょっと成長したってことよ。月事っていうのは、女が子供を産めるほどに身体が育ったって証なの」

「せい、ちょう?」

「十九にもなってまだ始まってなかったなんて、あんた一体どんな生活してきたのよ……」

「……言ったろ、底辺だって」

「そもそも、あんた月事ってどんなことだか知ってるの?」


 小葉の素朴な疑問に白狼はますます口を尖らせた。いくら男の成りをしていたとしても、白狼とて月事というもの自体の存在を知らないわけではない。ただ、年頃になってもやってこないその現象は、自分にとっては無関係なのだと高をくくっていたのだ。

 貧しい農村地帯で生まれ、幼少時より極貧生活をしていた白狼の身体は体質や遺伝も大いに影響があったのだろうが、栄養的にも大きく育っていなかった。同じ年ごろの子どもより小さく、一般より早くに親元から飛び出したせいもあり、小柄で未熟な身体を維持、成長させる栄養も偏っていた。

 しかし銀月に拾われ、承乾宮で生活をするようになって半年以上。日々、栄養価の高い食事をし、間食もし、ある程度は安心して眠ることができる環境を手に入れた白狼の身体は、ここぞとばかりに成長をしたらしい。ちっともありがたくもない話だが。


「なんか、股から血がでるんだろ? 遊郭の姐さんたちがなんかボヤいてたのは聞いたことがある。客が取れないとかそれでもどうとか」

「身も蓋もないけど、そうそう」

「そうだ、小葉さんも黒花さんもたまに仕事に来なかったのはそういうことか!」

「そういうことよ。分かってりゃいいわ。出血が始まったらこの麻布を当てておいて、汚れたら取り替えて洗いなさい。七日もしないうちに終わると思うから、それまでは部屋から出歩かないようにするのよ」


 後で水を持ってくるわ、と言うと小葉は白狼の上掛けをかけなおして部屋から出て行った。最後までいつもとは段違いのやさしさを見せるその後ろ姿に、白狼はなんだかむず痒い気持ちがして身を捩った。その拍子にずきりと下腹部が痛み、顔をしかめる。

 全く、なんとも言えない不快な痛みだった。

 小遣い稼ぎに出入りしていた遊郭の姐さんたちがぶつぶつ文句を言っていた理由がようやくわかった。これが毎月起こる現象ならば、毎月この苦痛を味わわなければいけないのだ。しかも彼女たちはその間も仕事がある。どうやってんだろう、と思案したが、経験のない白狼には想像もできなかった。でも大変だろうな、という想像はつく。

 ぐるぐると巻かれた布越しに腹へ手を添えると、ほんの少しだけ痛みが楽になった。冷やすな、と言われたが確かに温めたほうが血の巡りがよくなり痛まなくなるのかもしれない。そういや厨房では随分薄着で団子を作っていたからな、というところまで思い出し、白狼の思考がぴたりと止まる。

 厨房で倒れた折、自分を抱きかかえて帝姫の寝台に運んだのが銀月だったことを思い出したのだ。ついでにいえば中衣越しに伝わる体温の心地良さで安堵してしまったことも。


「……ぐ、がぁぁぁぁ……」


 白狼の口から、濁点だらけのうめき声が漏れた。なんたる不覚だろうか。四つも年下の少年に抱えられただけでも情けないというのに、口の減らない生意気な雇い主の体温にほっとしてしまうなど、小恥ずかしいにもほどがある。


 下腹部の痛みと相まって、白狼は身もだえしながらうめき続けたのだった。


 そしてこれは白狼個人の話であればちょっと人より遅れて成長したんだね、で終わるはずの話だった。しかしことは白狼の身だけでなく、承乾宮、いや後宮全体に影響を及ぼすこととなる。ただ、今の白狼には後宮内にこのあと吹き荒れるであろう嵐のことなど知る由もなかった。



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