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月華麗君とりかへばや物語~偽りの宦官が記す後宮事件帳~  作者: 葵一樹
宦官の立ち位置

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承乾宮の失せもの①

 今上皇帝の後宮奥深くある承乾宮じょうかんきゅう

 側仕えの三人の侍女と宦官による早朝の掃除が終わったあとに、宮の客間ともいえる正房せいぼうの一室で固い石づくりの床に正座をさせられた白狼は首を傾げていた。

 目の前で仁王立ちをしているのは小葉しょうようだ。そして座らせられている白狼を翠明すいめい黒花こくかのほか、宦官のしゅうどころか雇い主でこの宮の主たる帝姫までもが取り囲み、一様に眉根を寄せている。

 どの顔もなにやら困ったような呆れたような、何とも言えぬ表情だ。訳が分からぬまま白狼はますます首をひねった。


「えっと、小葉さん、掃除、終わったよね? これは……?」

「言っとくけど白狼、今ならまだ穏便に済ませてあげるわよ?」


 おずおずと切り出せば、まなじりをきつく吊り上げた若い(とはいえこの宮の中ではという話ではあり一般的には中年に差し掛かるころだが)女官がびしりと白狼の人差し指を突き付ける。思わず仰け反った白狼の尻が、着物越しでもわかるほど冷たい石の床に触れた。


「昨日付けていた私の耳飾り、あんたが盗ったということは分かってるのよ。返してちょうだい」

「はい? 耳飾り?」

「小さいけど珊瑚さんごの玉が付いているお気に入りなのよ。いつもの帯飾りなら見逃しても良かったけどあれはダメ。さあ、返しなさい」

「ちょっと待てって」


 身に覚えのないことを言われた白狼は慌てて手を振った。

 確かに自分は手癖が良いとはいいがたい、否、相当に悪いことは認めている。暇つぶしや腕試しにそこらの女官からちょいと拝借、ということもたまにではあるがやっていないわけではない。

 が、しかしだ。

 宮の者は白狼の生業を知っているため警戒心が強い上に目が利くので、なかなかどうして懐のものを拝借しにくいのである。しかも小葉などは仕事中に白狼を見かけるとあからさまに距離を取ろうとするので、わざわざ近づくのも面倒くさい。

 そもそも、今は後宮から出られない身である。人様から拝借したものを換金することもできない、金を使うこともない環境ではすぐバレる相手から盗むなんて馬鹿馬鹿しいことこの上なかった。


「俺はやってないよ、小葉さんの近くにだっていってないじゃねえか。どうやってそんなもん盗るんだよ」

「こっそり部屋に忍び込んだりだって、できないわけじゃないでしょ」

「換金もできないのに、わざわざ忍び込んでまで耳飾り一個盗まねえって」

「じゃあどうして昨日外して片付けたはずの耳飾りが今朝になってなくなってるのよ!」


 それこそ白狼の知った事ではない。すっかり興奮してしまった小葉がなおも白狼に詰め寄ろうとしてくる。


「あんたが来てから後宮全体で失せ物や盗難の噂が増えてるのよ。どこの宮も自分の主の醜聞になるからと表沙汰にしていないけど!」

「そんな噂になるほどやってねえよ!」

「てことは何件かはあんたが絡んでるんじゃないの! バレたらどうするのよ、姫様にとばっちりがくるでしょ!」

「舐めんなよ! この俺が、すぐ足が付くようなヘマやるかってんだ!」

「ヘマしたからここにいるんでしょ! 周様にひねり上げられたくせに!」

「うるせえ! ひねったのは銀月だ! 見てもいないくせに!」

「いい加減にしないか二人とも」


 すっかり頭に血が上って声を荒げた二人に、ようやく銀月が待ったをかけた。


「確かに白狼は手癖が悪いところがある。ここに来る前の生業を考えれば、小葉の疑いももっともだ。しかし本人がやっていないというのに、頭から決め付けるのはいかがなものかと思うぞ」

「やってねえって」

「甘いですよ姫様。どうせこの子がやったに決まってます。私、確かに昨夜外して部屋の卓に置いたのです。それが朝になったらどこにも見当たらなくて。念のため掃除している間もあちこち見て回ったんですが一向に見つからないんです」


 すがるような小葉の言葉に銀月は腕を組んだ。装いは深窓の儚げな姫君であるが、思索を巡らせる意志の強いまなざしは本来の性別――少年の立派なそれである。


「今朝の失せ物はその耳飾りだけか?」


 銀月が問いただせば小葉はこくりと頷いた。年の割に幼い仕草であり、礼儀作法に厳しくいう侍女頭の翠明などは少し不服そうな表情を浮かべるが、この宮では主である銀月がそれをうるさく言う方ではないため許されていた。宮の中限定ではるが、侍女が失せ物だと主人を巻き込んで騒げるのはそのおかげでもある。

 おかげで白狼はとんだ迷惑を被っているわけだ。


「で、白狼」


 くるりと銀月が振り返った。いまだ床に座らせられている白狼は、両手を上げて首を振る。


「誰かほかの人間が忍び込んだという線は?」


 命を狙われることが多いという帝姫――銀月の懸念は分かる。以前も宮で使う道具などに細工をされたり嫌がらせなどがあったりしたらしい。しかし白狼はそれより別の可能性を考えていた。


「今朝無くなってるっていうのがはっきりしてるのは小葉さんの耳飾りだけだ。侵入者があれば周のおっさんだって分かるだろ? 警備の厳しい後宮で、人が住んでる宮のしかも専属の護衛がいるような他の宮にわざわざ忍び込んで、侍女の耳飾り一個盗むなんて馬鹿げてる」

「確かにな。しかしそれが目くらましと考えることはできないか?」

「今朝の掃除の段階でめぼしい跡も見つかってねえんだ。忍び込んだっていう前提が違ってるっていう可能性の方が高いと俺は思うけどな。ま、もちろん俺じゃねえってのは重ねて言っとくけど」

「どういうことだ?」


 片眉を吊り上げた銀月に、白狼はにやりと口角を上げて笑って見せた。


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