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25/31

ラン

 ――中間テスト。


 学生にとって、避けては通れぬ試練の時がそれである。

 特に、俺たち高校一年生にとっては、入学して最初の大きな試験であり、これからの高校生活を占う極めて重大なそれであるといえるだろう。


 先にも触れたが、うちの高校は、あまり部活動などに力を入れていない。

 その代わり、勉学には入れ込んでいるわけで、これをおざなりにするなど、ありえない選択肢であった。

 と、いうわけでだ。


「うん、うん。

 ちゃんとやってるわね。

 ご飯、ここに置いておくから」


 土曜日といえど、のん気に遊んでいるわけにはいかず、俺は百地邸から帰宅するなり、自室でテスト勉強に打ち込んでいたのである。


「ありがとう」


 勉強する俺のために、昼食としてコーヒーとサンドイッチを用意してくれたばかりか、それをわざわざ部屋まで運んでくれた母さんにお礼を言う。

 手厚い支援は、期待の証。

 勉強して、少しでも良い成績を取って、応えねばならないだろう。


「ふふっ……」


 と、机の隅に昼食を置いた母さんが、何やら気持ちの悪い笑い声を漏らした。

 どう考えても、そこには含んだものがあり……。


「何? どうしたの?」


 たった今、少しでも良い成績を取ろうと誓ったばかりの俺は、早速、勉強を中断して我が母へ向き直ったのである。


「いえね。

 彼女ができても、ちゃんと勉強との両立はできてるんだなって」


「あー……」


 このところ、母さんはといえば、百地のことを持ち出しては、そのように俺をからかってばかりだ。

 例えばこう、恋愛もののラノベ主人公とかであるなら、「別に彼女じゃない」とか「ただの友達だよ」だのと言って、ムキになって否定するところだろうか。


 だが、俺はそうしない。

 相手の父親が了承してのことであり、母さんは知らないが、ガッツリ目に怖いお兄さんやおじさんが大勢いる屋敷にとはいえ、俺はすでに二度も、百地家へ外泊させてもらっている。

 客観的に見ても、主観的に見ても、単なるお友達との距離感ではないし、付き合い方ではないだろう。


 それに、俺は彼女のことを、思いっきり異性として意識していた。

 まず、単純に彼女はかわいい。

 加えて、俺のソシャゲ趣味に対しても理解がある。

 まともな恋愛経験もない身で、このようなことを語るのは、少しばかりこそばゆいが……。

 趣味に対して、理解のある相手というのは、ひとつの理想であると思う。


 そのようなわけで、俺は彼女へ好意を抱いていると自覚しているし、そのことを否定はしない。

 しかし、しかしだ。

 だからといって、からかわれることを許容できるわけではない。


「あんまり、からかわないでほしいんだけど?」


 と、いうわけで、いささか以上にささやかな反抗期ぶりを発揮し、我が母へと抗議したのである。

 だが、相手は俺の倍以上も人生経験を重ねている女性だ。

 そのようなものは、柳のように受け流し、ますます笑みを深める始末であった。


「あらあら、ごめんなさいね?

 でも、圭介が女の子と……なんて、ねえ。

 からかうつもりはないけど、気になっちゃうのは仕方がないじゃない?」


「それが俺には、からかってると感じられちゃうの。

 大体、この年頃になったら、女の子が気になって、仲良くなったり仲良くしてもらえなかったり、なんていうのは普通でしょ?

 そんなに、気になっちゃうものなの?」


「気になるに決まってるじゃない」


 堂々と断じた我が母である。


「お母さん、お父さんと結婚したことも、あんたを産んだことも一切後悔はしてないし、これからも、お父さんの妻で圭介のお母さんでいるつもりよ?

 でも、それはもう、自分の恋愛がないってことじゃない?

 だから、圭介の恋愛ぶりを見て、ああ、若い頃はこんなだったなって、そう感じたいの」


「息子の青春を、エンタメにしないでほしいな」


「はいはい、ほどほどにしておくわ。

 それじゃ、勉強がんばってね」


 口に手を当てて笑いながら、母さんが退出していった。

 これは、ほどほどじゃ済まない予感だな。

 遠からず、彼女の顔が見てみたいとか言い出すことだろう。

 まったく……。


 集中力というのは、張り詰めた糸みたいなもので、一度ぷつりと切れてしまうと、なかなか元に戻るものではない。


「……気分転換に、MVでも見るか」


 つぶやきながら、スマホのアプリを立ち上げる。

 せっかくのコーヒーとサンドイッチであるが、これは勉強のお供ではなく、MV鑑賞のスナックとさせてもらおう。


 そう思い、ローディングを眺めていたのだが……。


「そういや、百地のやつは、今どのくらいポイントを積み上げたんだ?」


 ふと、気になったのはそんなことであった。

 通常であれば、他人がイベントをどのくらい走っているかなど、知る余地はない。

 だが、確かラウンジのメンバーならば……。


「……おお。

 めちゃくちゃに突っ走ってやがる」


 ラウンジのログには、百地ことももちーPが、ガンガンポイントを積み立てる様が記載されていた。

 そう……。

 同じラウンジのメンバーには、仲間がどのくらいイベントポイントを積み立てているかが分かるのだ。

 その他、一部のミッション達成もアナウンスされるため、例えば、アイドルの誕生日ミッションを終えていないメンバーに、忘れずクリアするよううながすことも可能である。


 それにしても、だ……。


「あいつ、走りすぎじゃないか?」


 ラウンジのログに記載されたももちーPの到達ポイントは、尋常じゃない。

 イベントランキングのページで確認してみると、上位百名に彼女の名があることを確認できた。


「下手すると……。

 いや、間違いない。

 寝ずに走っているぞ。こいつ」


 サンドイッチを食べながら、再びラウンジのページに戻る。

 ズラッと並んだ到達ポイントのアナウンス……。

 スクロールしてそれを遡ると、ゲーム大好きアイドルが「ビビッといくよー!」と張り切るスタンプを押されていた。

 そこから、到達ポイントログのラッシュだ。


「張り切り過ぎじゃないか……?

 張り付きながらテスト勉強できているなら、勉強の方も進んでいることになるけど……」


 先日、我が生徒こと、百地組の皆さんにもレクチャーしたが……。

 イベントランの基本はオートパスによる自動ライブである。

 それは、すなわち、ライブが行われている間、プレイヤー自身の体は空くことを意味していた。


 だから、ライブの間にテスト勉強をし、ライブが終わったならお仕事連打でゲージを溜め、再びライブ開始したら勉強というサイクルを繰り返してるはずだが……。


「いくらなんでも、体がもたねえぞ」


 つぶやく俺であった。

 たかがゲーム、されどゲームだ。

 合間合間にポチポチするだけとはいえ、相応に疲労はする。

 まして、テスト勉強と並行してなら、尚のことだ。

 だから、少しばかり心配していたのだが……。


 ――ドッドッドッ!


 と、母が足音を立てながら俺の部屋まで来たのは、そんな時のことであった。


「圭介。

 百地さんちの方……。

 村田さんという人から、電話がかかってきたんだけど?」


「村田さんが?」


 百地自身でないのは当然として、百地パパでもなく、インテリで知られる村田さんが電話をかけてくる……。

 その事実に、嫌な予感が的中したと思いながら、俺は受話器を受け取ったのであった。


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