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ひだまりの姫君(プリンセス)  作者: 保桜さやか
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兄のいる世界

『ナイーダ』


 懐かしい笑顔が、ナイーダを見つめて微笑んでいた。


 左耳に光る赤いピアスに、それが若くしてこの世を去った兄上・モールスだと気付く。


 これは、いつもの夢だ。


『ナイーダ……』


 いつもモールスは何も言わず、ただナイーダを見つめ、愛おしそうに微笑んでいるだけの、そんな夢だ。


『兄上っ!』


 わかってはいるのに、手を伸ばさずにはいられなかった。


 優しく細められる兄の瞳を見たら、ナイーダはだんだん悲しくなる。


『兄上、お、俺……』


 言いかけて、ナイーダはいつものように口ごもってしまう。


 聞きたいことは山ほどあるというのに。


 モールスの優しい表情がぼやける。


(やばい、消える)


 直感でそう感じ、慌てて彼の袖をつかむ。


『待って、兄上! 行かないで!』


 叫んだ時にはすでに遅く、モールスの姿は最初からなかったかのように消えていた。


『兄上……』


 絶望的な気持ちになる。


『どうすればいい……』


 自分はいったい、どうすればいいのか。


『あなたのようになるなんて、やっぱり俺には無理だ』


 何をさせても満足にできず、ただうじうじ悩んで、こんなにも中途半端だというのに。


『それに俺は……』


 自分がたまに、何者なのかわからなくなる。


 女の体と男の心を持つことで、ナイーダの生活が少しずつ狂い始めてきた。


 今までずっと自分に男だと言い聞かせてきたが、最近になって、その変化はもう隠してはいられなくなっているところまできていた。


 ナイーダは、それがすごく心配だった。


 三歳の時にモールスが亡くなってから、男になろうと決めた。


 もともとブェノスティー家の子供はモールス以外、全員女の子だったということで、跡継ぎがいなくなったということはかなり大きな問題となった。


 父上と母上は兄上の死からまだ立ち直れていない頃から、周りだけはそれに対し口うるさく、どうすればいいのか、父上は毎晩頭を悩ませていた。


 だから、一番末の自分くらい男の子になっても構わないだろうとその時は深く考えず、その答えを簡単に出した。


 父上が誰よりも期待をしていた兄上のようになって、そして笑顔を失った父上が以前のような無敵の姿に戻るように努力をしようと本気で誓った。


 あの時、泣き狂った母上だけはナイーダを男として育てるということに反対していた。


 三歳の年を刻むまで、みんなに愛され姫君のように大事にされて育てられた幼い末娘を思っては当然のことなのであろうが、それでもナイーダはそれ以上、母上を傷つけないためにも完璧な男になろうと決めた。


 もう二度と女だと言わせないように。


 だが、十五になった今、疑問に思うことが増えてきた。


 背も筋力も、同世代の若者たちの中で誰よりも成長しなくなり始め、どんどんその差が明らかになってきたことはどうしようもできない事実であった。


 そんな自分は、いったい何者なのか。


 ナイーダはいつもそのことに自問自答するようになっていた。


『兄上、俺は……俺はどうしたら……』


 たった一人、広い空間に取り残されたナイーダは、次に進む道を見失い、そのまま先に進むことはできなかった。


 今のナイーダの生き方のように。

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