これは、公爵家の令嬢として生まれ、近衛隊で副隊長を勤めた俺の物語
『いいか、ナイーダ。強くなれ。強く立派な男になるんだ』
父上が泣いたのは、後にも先にもあの時だけだった。
『誰にも負けない、強い男に……』
父上は涙を流しながらそう言い続けていた。
『おまえは男だ。強くなれ』
あれは、俺が三歳の時だった。
かすかな記憶の中にその光景だけは鮮明に焼き付いている。
『ナイーダ、強くなるんだ。強くなって、誰にも負けるな』
負けないでくれ、と父は言った。
大好きだった兄上が亡くなったあの日、ショックのあまり母上は倒れ、姉上たちは気が狂ったように泣いていて、そして父上までもが頭を抱え、嗚咽を漏らしていた。
兄上は誰よりも強く逞しく、この世の中で一番の男なのだといつも父上には期待されていて、それでいてとても優しい人だった……そんな覚えがある。
『うん! 父上、俺、頑張るよ! 誰よりも強い、男の中の男になってみせる! 誰にも負けない。強くなるんだ!』
だから、俺はそう言わずにはいられなかった。
幼かったあの頃でもそれだけは理解できた。
『強くなる。誰よりも。兄上のような素晴らしい男になるよ!』
三歳のあの日、俺はそう誓った。
何を捨ててでも、なにがなんでも、俺は兄上のような男になってみせると誓った。
あの日、兄上が我が家からいなくなり、全てが変わった。父上も母上も姉上たちも。そして俺も。
父上はいつも言っていた。
『決して誰にも負けるでない。たとえ、青の騎士、アルバートにも』
あの日から、何もかもが一変してしまった。
我が家に、光と笑顔が消えたのは、この時からだった。