恋に恋したご令嬢は愛を知る
「カイル様!お慕い申し上げますわ!私とお付き合いしてくださいまし!」
「レイラお嬢様。俺はただの執事です。どうかお許しください」
「嫌ですわ!カイル様が良いんですの!」
「ははは!レイラは本当にカイルが好きだなぁ」
イストワール王国筆頭公爵家に生まれたレイラ・スイートハート五歳は、見習い執事の平民カイル七歳の後ろをついて回っていた。カイルは孤児で、母親の孤児院への慰問について行ったレイラに気に入られたことで引き取られた運の良い少年だ。カイルは自分に無条件に懐くレイラを可愛く思っていたが、口には出さない。ただ受け流すだけだった。
「カイル」
「はい、旦那様」
「…すまないな」
「いえ、当然のことです」
カイルは、レイラの父の零した言葉を当然だと受け止めた。まさか、それがカイルの思っていた意味と真逆の謝罪だとは思わなかった。
ー…
「カイル!好きですわ!結婚してくださいまし!」
「お嬢様。いけません」
「嫌ですわ!今日こそ婚約して貰いますわよ!お父様とお母様とお兄様の許可もあるんですから!」
あの幼い日々から十年後の今。カイルは何故か自分に飽きる気配がないお嬢様に頭を悩ませていた。ついでにそんなお嬢様に婚約者を用意しないどころか自分に婚約を勧めてくる旦那様にも。
「お嬢様…お嬢様は恋に恋しているだけです。いけません」
「なら貴方が愛を教えてくださいまし!」
「…人の気も知らないで」
「カイル?」
「なんでもありません」
既にカイルはレイラにぞっこんである。が、故にこそレイラには幸せになって欲しい。自分では力不足だ。例え旦那様が余っている子爵位と飛び地の領地を与えてでも娘を嫁がせようと考えていても、そんな訳にはいかないのだ。
「ねえ、カイル」
「はい、お嬢様」
「カイルはお父様がカイルに与えようとしている飛び地の領地を知っていまして?」
「…いえ、詳しくは存じません。不勉強で申し訳ありません」
「いえ。お父様は意図して隠してらっしゃるから…」
「?」
「あの土地はね、領地とは名ばかりの砂漠なのです」
「…は!?」
「昔はむしろ栄えていたそうなのですけれど、瘴気に侵されて今は人が住めないどころか生物が一切存在出来ない領域なのです。で、砂漠化したそうですわ」
「だ、旦那様はお嬢様を不幸にするおつもりですか!?」
「いいえ、違うのです」
レイラはにこりと笑う。
「我が家系はね、長女にだけ特殊な能力が授けられるのですよ。うふふ、これは他の誰にも秘密ですよ?使用人たちにすら言えないことなのだもの」
「お嬢様?それは…一体…」
「愛を媒介とした浄化と繁栄。それがスイートハート家の長女にだけ与えられる特殊能力」
「…ぇ」
「お父様が、私に政略結婚をさせないのはそのため。愛のない結婚より、好きな人に嫁がせた方が幸せになれるし嫁ぎ先が栄えるから。その方が、公爵家のためにもなるでしょう?」
こてり、と可愛らしく首をかしげるレイラ。
「一度、私と一緒に飛び地の領地を見に行きましょう?そこで瘴気が晴れ、砂漠にオアシスが出来たら私の話と愛を信じて、結婚してくれるでしょう?」
あまりの話についていけない。が、確かにレイラがカイルに恋した頃からスイートハート公爵家は更に栄えたようにも思う。思わず頷くカイル。
「決まりですね!明日発ちます。では、またね」
そして本当に次の朝には公爵家に用意された馬車でドナドナ。砂漠化した領地に着くと、カイルはレイラに突然抱きつかれて頬にキスをされた。
「お、お嬢様!?」
瞬間、瘴気が晴れていく。レイラがカイルに頬ずりするとオアシスが出来上がる。いや、正直怖い。本当だった。お嬢様の愛も、特殊な能力も。でも、なんか、愛が重くないか。オアシスが一瞬で出来るって相当じゃないか。そりゃあ公爵家が栄えるわけだ。
「ねえ、カイル。婚約、受けてくださる?」
こてり、と可愛らしく首をかしげるレイラにカイルは困ったように笑った。そしてゆっくりと頷く。
「貴女の幸せが、俺の一番の懸念でしたから。これなら大丈夫そうです」
そもそも、この重過ぎる愛から逃げ出せる気がしない。恋に恋したご令嬢は、いつのまにか愛を知っていたらしい。多分、この愛に溺れてしまう方がお互い幸せになれる。そんなことを考えていたカイルは、抱きついてきたレイラを軽々と抱えて幸せそうに笑う。果たして本当に愛が重いのは、どちらだろうか。