第9話 廃坑の中で その2
俺たちは廃坑になった鉱山に向かって歩いていた。道中、巡回しているゴードリッジ公爵の兵士に何度か出くわしそうになったが、物陰に隠れて、やり過ごすことが出来た。
さらに坂になった険しい道を進むと、緑がなくなり始め、岩肌が目立つようになってきた頃、ようやく目的の場所に着いた。
「着きました」
「ここか……」
そこは、見渡す限りの岩石地帯だった。遠くの方には廃坑になった鉱山が見えた。
鉱山地帯ともあって、鉄を溶かすための炉や作業場が点在していた。廃坑ともあって、どの建物も屋根は抜け落ちていて、なるで、ゴーストタウンのようだ。
そんな鉱山を見て、何か、異変に気が付いたリザが物陰へ移動したため、俺と山田もそれに付いて行く。
だが、先客がいたようだった。入り口付近に物が散乱していて、ゴードリッジ公爵の兵士らが横たわっている。
「何が起きたんだ……?」
リザが警戒したように腰に下げている剣柄に手を伸ばす。俺、山田も同じように身構える。
警戒しながら倒れている兵士へ近寄った。地面には真っ赤な血が広がっていて、辺り一面鉄臭い匂いで充満していた。
俺はその兵士たちの様子を見て確信する。この兵士たちは何者かによって、殺されたのだ。
リザは一人の兵士に視線を下ろす。
首筋には鋭利な刃物で切られたような傷跡があり、そこから血液が流れ出ている。
「どうやら、ここで戦闘があったみたいですね」
死体は全員、全身切り傷だらけで、衣服もボロボロになっていた。恐らくは武器を使って戦ったと思われる。それにしても、惨たらしい殺され方だ。腕は切り落とされ、身体は真っ二つになっている。鎧がひしゃげているのをみるとそうとうな力が加わったことがわかる。
「一体、誰が……?」
山田は口元を抑えた。死体を見るのは初めてなのだろう。俺はいろいろ耐性はあるが、実際に目にしたらさすがに息が詰まる。
こんな場所で戦闘をするなんて、普通ではない。一体誰が、この場所で戦っていたというのか? 疑問を感じながらも、俺とリザはこの場から移動することにした。ここにいても仕方がない。
「リザ・フォンレスト」
突然背後から声をかけられた。振り返るとそこには一人の男が立っていた。年齢は20代後半ぐらいだろうか。身長は高く、鍛え上げられた肉体をしている。髪の色は灰色でオールバックだ。顔つきはどこか鋭い感じがする。
男は右手に斧を持っていた。
その斧からは赤い液体が滴り落ちていた。男の足元にはゴードリッジ公爵の兵士が数人転がっていて、すでに事切れている様子だった。
「お前は……?」
リザは男を警戒しながら尋ねる。すると、男は口角を上げて答える。
「オレの名は、ギルス・ロッゾ。裏切者を殺せとの仰せだ」
「ネコ将軍の手の者か?」
「いんや。俺は雇われた傭兵だ」
ギルスはそう言うと、予備動作もなくいきなり、持っていた斧を振り上げ、投げつけてきた。
斧は縦に回転しながら一直線に俺の方へ向かってくる。
いきなりかよ?!! 驚いてしまった俺は身体が動かず、避けきれないと悟った。
リザが俺を肩で突き飛ばし庇ってくれた。剣を抜き、斧を防ぐ。金属同士がぶつかった音が響いたあと、地面に斧が突き刺さった。
ギルスは背中に隠していたもう一つの斧を取り出す。
「さすがは剣聖と謳われただけあるな……」
「いきなり、攻撃とは卑怯ですね」
リザは静かに剣を構える。横目に転げた俺を見てきた。
「早島殿、大丈夫ですか?」
「あぁ、何とか……」
俺の言葉を聞いて、リザは目の前の男に集中する。
ギルスは斧を振り上げると踏み込んできた。振り下ろされた斧をリザは剣で防ぐ。
「どうして、仲間を殺したのですか?」
リザの問いにギルスはにやりと笑みを浮かべる。
「どうして? 殺すのに理由なんているのかよ?」
「それはどういう意味でしょうか?」
怒りがこもった声音だった。
「言葉通りの意味だよ! さぁ、力比べといこうか!」
ギルスが押してくる力が強く、踏ん張っているリザは徐々に後ろへと後退してしまう。
「くっ!!」
このままではマズイと思ったのか、リザは剣を思いっきり弾いて距離を取った。そして、間合いを取るため後ろに下がる。
それを見たギルスは両手に持った斧を構えて、地面を蹴った。リザに向かって走り出す。それに居ても立っても居られなかった山田が横から斬りかかる。が、ギルスは上体を逸らして回避した。そのまま、体勢を崩さず、両足で力強く着地し、右足を軸に左足で回し蹴りを放った。それを山田は剣で防ぐもよろけてしまう。
そこに追い打ちをしようとしたが、リザが助太刀にと、剣を振り下ろす。ギルスはそれを紙一重で避けるといったん、後ろへと下がった。
斧を肩に担いだ。
「ほぉ、お前、やるじゃねーか」
リザが山田に声を掛ける。
「えぇ、まぁ」
「迂闊すぎるだろ!! 何やってんだよ! 死にたいのか!」
「うっさいわね!! このまま何にもしないで殺されるわけにはいかないでしょう!!」
「だからって、俺らは剣もまともに使ったことがないんだぞ!」
「そんなことわかってるわよ! でも数ではあたしたちの方が上! なら、勝てる可能性だって十分にあるはずでしょ!!」
山田は俺に反論していたらギルスが駆け出す。
「よそ見してんじゃねぇーよおらぁああ!!!」
ギルスは斧を横薙ぎに振る。
俺はその瞬間、何かに突き動かされるようにして、二人の間に割り込んだ。
剣で受け止めようとしたが――ザクッ 斧は俺のわき腹を切り裂き、吹き飛ばした。
「ぐあっ!?」
痛みで悲鳴を上げてしまった。
「早島殿!?」
リザの叫び声が聞こえた。
おい、どういうことだよ……アニメやマンガじゃあ、俺は主人公なんだろ……。なんで、防ぎ切れないんだよ。
脈を打つ度に激痛が肩から全身に響き渡る。生温かい血が流れ出ているのがわかった。
「なるほど、良い反応速度だ。だが、相手が悪かったな」
ギルスは斧についた血を払うように振った後、こちらへ歩いてきた。
「これで終わりだ」
その時だった、ギルスの上に大きな影ができた。