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第8話 廃坑の中で

 リザは大きなあくびを一つ。


「どうでしたか? ゆっくりと寝れました?」


 その問いに俺はなんて返したらいいのか、わからず、しばらく考えた。


「あぁ。まぁ、いろんな意味で、快眠だったな」


 それにリザが小首を傾げた。まだ手にはあの柔らかい感触が残っている。名残惜しいとはこのことか。


「それは良かったです。ところで……」

「ん?」

「どうして、私はここで寝ていたのでしょうか?」

「あー。さ、さぁーな」


 すると今度は山田が目を覚ました。


「ふあ~……。あれ、もう朝?」

「山田殿、おはようございます」

「リザさん、おはよう……あぁ眠い。身体が痛い」

 

  そういって、お腹をポリポリと掻いた。寝ぐせもひどく、前髪が跳ね上がっていた。それに気が付いて、手で押さえつけている。


「さて、お腹が空いたことですし、朝ごはんにしますか」


 そういうとリザは立ち上がり、大きく背伸びしたあと、かまどに火を入れた。そして、鍋の中に水を入れて沸かす準備をしている。


「昨日作ったシチューがまだ残っていますから、それを温めますね」


 その言葉を聞いて、俺のお腹が大きな音を立てた。恥ずかしくて思わず顔を伏せる。


「あ、えっと……パンでも食べますか?」

「あ、あぁすまない。お願いするよ」

「はい。ちょっと待っていてくださいね」


 山田はまだ眠そうに大きなあくびをしながら、乱れた服装を整え始めた。


 それから、三人は朝ごはんを済ませると山脈にある鉱山へ向けての支度を始める。


「さて、お二方はなにか、装備品はお持ちですか?」


 それに俺はポケットの中をあさる。何か棒状のものがあるのがわかった。


 取り出してみると……


「100均のボールペン、だと……」

「なんですか? それ」


 不思議そうな顔でリザが覗き込んできた。


「これは、俺たちの世界で、文字を書いたりすることができるんだ。インクは使い切りなんだけど、リザたちの世界でいう羽ペンのようにいちいちインクを付ける必要がないんだ」

「へぇ~。便利ですね」


 興味津々と言った感じでリザが見つめてくる。


 山田の方は何も持っていないようだった。


「なるほど。では、まずはその服装からですね」


 俺たちの服装はスーツだったため、外に出た瞬間、かなり目立ってしまうはず。そのため、この世界の服装に着替える必要があった。


 リザがチェストの引き戸を開けて、何かを選び始めた。


 どうやら持っていた服を貸してくれるようだ。俺もまさかのリザの服を着ることになるとは夢にも思っていなかったが。


 渡された服を俺は部屋の隅で着替える。


「どうですか?」

「うーん……。少し腹回りが」


 ズボンの上にはみ出した自分のお腹を見て、悲しくなってしまう。昔は50キロだったのにいまや75キロか。


 リザは自分の服を着ている俺を見て、苦笑いを浮かべながら言った。


「確かにきつそうですね。でも、それしかないので、しばらくは我慢してください」


 山田が俺のみっともないお腹を見て、人差し指でつつきながら大爆笑していた。


「ぷっ! ははは! いいじゃん、似合ってる!」

「うるさい!」


 リザの服、つまりは女性用の服を着た俺はどんな見た目になっているのかを確かめるため、鏡の前に立つ。


 リザはその姿を見て、笑いをこらえているように見えた。


 どいつもこいつも俺をバカにしやがって……。


 普通、逆だろ。普通は。物語でいうヒロインが突然、お泊りすることになって、自分の着替えがないから、主人公の男用の服を着て、胸がきつくて、とか、男装にキュンっていう流れになるだろうが!! なんで俺がこんな目に遭わなくちゃいけないんだ!? くそぉ!! 羞恥にもほどがある。


 これならまだ全裸の方がましだ。俺は涙を必死に堪えた。


「まぁ仕方ないですよ」


 リザは部屋の片隅にある木製の収納箱から何かを持ってきた。


「はい、どうぞ」

「これは?」


 それは茶色い皮でできたベルトのようなもの。革製だろうか? そして、そのベルトにはポーチがついている。そして、腰に巻いて固定できるようになっているようだ。


「私の予備ですけど、これを付ければ多少はマシになりますよね?」


 リザは慣れた手つきで俺に装着してくれた。


「ありがとう」

「いえ、あ、あとこれですね」


 手に取ったのは壁に立てかけていた長剣だった。


「これは?」

「護身用です。ないよりはマシだと思います」

「いいのか?」

「はい。予備を何本か持ってますので」


 そういうと収納箱から長剣を取り出すと腰に吊った。俺もそれに倣うようにいて、吊ってみる。


「えっと、ここにひっかけるような感じか?」

「はい。それで大丈夫です。山田さんも」


 山田にも革製のポーチ付きベルトを渡す。山田は剣をゆっくりと引き抜いた。


 そして、剣身を眺める。


「これ、本物なんだよね?」

「えぇ本物ですよ。気を付けてください。刃はかなり鋭いので」

「へ~。結構、重たいんだ」

「その分、頑丈にできてますからね」


 山田はなんとなく剣を構えてみた。それにリザがおぉ、という声を漏らす。


「なかなか、さまになってます」

「え? そうかな?」

「ええ! かっこいいですよ!」


 山田は照れた様子だったが、嬉しかったようで笑顔を浮かべていた。


 それから、上から羽織るマントも貸してくれる。


「これで、なんとか、冒険者風にはなりましたね」


 リザの言葉に俺は苦笑した。


「この格好で町を歩くのか……」


 山田がニヤニヤしながら俺を見てくる。うぜー。


 顔を覗き込んできた山田はニヤけながら言った。


「顔はまだ肉がついてないし、なんか二重で、目が大きいから女に見えなくもないな」

「……普通に考えて、女装した変態じゃん」

「別に大丈夫でしょ? 街中によく先輩、歩いてたし」

「それは俺じゃない!! 俺が前から女装癖があるみたいな言い方はやめろ」


 二人のやり取りにリザは楽しそうに見てた。


「仲が良いんですね」

「「仲良くない!!」」


 二人して、同時に声を重ねてきたことに苦笑いしてしまう。


「あはは……さてさて、では行きましょうか」


 リザが隠れ家の扉を開けようとしたので、呼び止めた。


「あれは? 置いていくのか?」


 俺が指さした方向には、立派な白銀の鎧がまだ飾られたままだった。


「あぁ、あれですか。私はもう騎士ではないので。それにあれを着てたら怪しまれて、いろいろ面倒なことになるかもしれませんよ」


 完全武装でうろうろしていたら確かに怪しまれるな、と思った俺は納得する。


「では、行きましょう」


 装備を整えた俺たちはリザの隠れ家を出て、人里離れた山脈へと向かった。

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