第5話 内乱
アルティミアの門を潜ると、下草を踏む音が聞こえた。門をくぐり切ったところで、背後から石がこすれる重量のある音が鳴り響く。振り返るとアルティミアの石の扉がゆっくりと閉まっていく。神は満面の笑みを浮かべ、無邪気に手を振って「君たちの活躍を楽しみにしているよ」と言い残す。アルテミアの扉が閉まりきった後、徐々に透けてはじめ、消えてなくなった。残ったのは、草原の上にぽつんと取り残された俺たちだけだった。
とりあえず異世界に来た。それが嬉しかった。
「山田、俺たちは今、異世界にいるだよな……?」
「そうね。ここが本当に異世界なら、あたしたちはこれからどうしたらいいかな……?」
眉を八の字にして、不安そうにしている。
「うーん……」
俺は腕を組みながら、少し考えた。
俺も正直、不安がないわけではない。何が起きるのか、予想もつかない。
でも、せっかく憧れていた世界に来られたのだ。期待に満ちた目で、俺は山田を見た。
「これはあれだ、村とか街を探しに行くパターンだ」
「どういうこと?」
「ほら、まずは、周りを見て」
そういうと俺は山田に周りを見渡すように言った。山田は辺りをぐるりと見渡す。
どこまでも続く平原、起伏のある丘もあるが、建物のようなものは見えなかった。
「何もないね」
「そう。何もないんだ」
それに何が言いたいのか、というような顔で見てきた。俺は続けて言う。
「つまり、ここはただの草原ってことだ。多くの作品の場合、最初のシチュエーション的に戦場のど真ん中に転移して、いきなり謎の兵士に襲われたり、エルフの膝の上で目覚めたり。いや、最近で言うと美少女魔法使いに召喚されて、女の子の取り合いになって、やめてーみたいな―――」
「もういい。わかった」
と、山田がお腹いっぱいだと、俺の話を切った。
「とにかく、訳も分からないうちに異世界に飛ばされて、こんな平原のど真ん中で、ぼーっと突っ立っていても何も始まらないし、それに野宿なんていやよ! 絶対に!!」
「お、おうそうだな」
俺は山田の意見に同意するように相槌を打った。確かにここにずっといるわけにもいかない。太陽も沈みかかっている。
あの神がいうにはこの世界には魔物がいるらしいし早く、安全な場所に移動しなければ。
あたりを見渡して、とりあえず、どこか人が住んでそうなところを探すことにした。
「よし、あっちだな」
指さす方向には丘になっていて、向こう側は見えなかった。進もうとしたところを呼び止める。
「ちょっと待って。 なんでわかるの?」
「勘だよ。大丈夫、こういう時の俺の直感はよく当たるんだよ」
山田は半信半疑といった表情をしていたが、歩き出した俺についてきた。
それから十分ほど歩くと森が見え始めた。森と言っても、そこまで大きくなく、木々の間に家が点々と見える程度だった。
「お? 人里っぽいぞ」
「本当? なんか怪しいんだけど……」
「まぁ行ってみれば分かるさ」
森の中に入ると、薄暗く、不気味さが漂っていた。奥に進むにつれて、道幅が狭くなり、家らしきものも増えていく。しかし、やはり人の気配はない。というより、ほとんど誰もいない感じだった。
しばらく進むと、大きな木の下に小さな小屋があった。窓から明かりが見える。どうやら中に誰かいるようだ。俺はその家の扉をノックした。
小屋の中から何かが物音がしたあと、内側から声がした。
「誰?」
「えっと……」
……ここで、異世界からやってきました、とはさすがに言えないよな。
「旅をしている者ですけど……」
「旅人? こんな場所に?」
驚いたような声がした。女性の声だった。声を聞く限り、年齢は二十代前半ぐらいだろうか。落ち着いた雰囲気の女性だ。
内側のカギが開く音が聞こえたあと、女性が顔を覗かせた。髪の色は金色で腰まで伸びている。そして瞳は青く澄んでいた。肌の色も白く透き通っているように見える。全体的にスレンダーだがスタイルはかなり良かった。そんな美女が俺の顔を見て目を細めた。
警戒しているのだろうと思い、俺から声をかける。
「こんにちは。あ、こんばんわの方がいいかな?」
後ろを振り返ってみるとすでに夜になっていて、人里の家々から明かりが漏れていた。
この目の前にいる女性以外にも人が住んでいたことに少し安心した。
「……どちらでも構わないわ。それであなたたちは何しに来たのかしら?」
「俺たちはここら辺を散策していたんですけど、気が付いたら草原にいて……。とにかくここがどこなのか教えてほしくて」
女性は少し考えるそぶりを見せた後、俺をじっと見つめてきた。
「……なるほど」
俺たちの着ている服装をジロジロと見ていた。俺と山田は上下黒のスーツを身に着けていた。女性が着ている服装や、人里の家の造りからして、中世ヨーロッパの時代を彷彿させる世界感だろうか。そんな世界ではこの真っ黒な上下のスーツは珍しい格好かもしれない。
女性は山田の服装も気になるようで、足元を見た。
ここで、驚くのだろうと思っていたが、予想とは違う反応をされた。
「貴方たち、もしかして、異世界の人間?」
「え?」
俺も山田もその言葉に驚いていた。なぜ分かったのだろうと疑問に思ったが、すぐに納得できた。きっと、この世界の人間ではないことがこの目の前の女性にはバレたのだろう。ネット掲示板を見るに多くの人間がアルティミアへ転移しているような書き込みがあった。だから、俺たちのような異世界人を前にも見たことがあるのかもしれない。そうであれば、この反応に納得がいく。
金色の髪の女性は人里へ視線を送り、何かを警戒したあと、慌てたように「とにかく入って」と俺たちに言うと、家の中に招き入れた。
金色の髪の女性は俺と山田が家の扉をぐぐるとすぐに扉を閉めて、鍵をかけると小屋にある窓から外の様子を伺う。
「貴方たちだけ? 他には?」
やけに警戒しているそぶりに俺は違和感を覚えた。
「他にはいないよ」
「そう。ならいいのだけれど……」
よくよく見れば、腰には立派な長剣をぶらさげていて、右手は剣の柄に添えていた。
安堵したようにためていた息をゆっくりと吐くと警戒を解いて、部屋の中へと案内してくれた。
部屋の中には簡素なベッドがあり、木製のテーブルの上にはランプが置かれていた。食事中だったのか、暖炉の上にはぐつぐつと鍋が煮えていて、テーブルにはバケットやチーズなどが置かれていた。壁際にはタンスが一つ。そして、ランプのオレンジの光に照らされている白銀色の鎧が壁に飾られていた。どれも手入れが行き届いているように見えた。
「どうぞ、適当に座って」
と、言われたので、俺と山田は椅子に腰を下ろした。女性はというと、俺達の前に腰を下ろすと苦笑いする。