第2話 異世界への道 その2
「あれ、ここは……?」
真っ白な世界。何もない無が永遠に広がる。音も風も何もない場所に早島は立っていた。あたりを見渡すと背後から何か気配を感じ振り返ってみた。
するとそこには見上げるほどに巨大な石門がそびえたっていた。周りには古代ローマのような細やかな彫刻が施されている。
石門の前には、外国人のような色白の少年が立っている。髪は金色の色で、瞳は青、服装はトーガというこれまた古代ローマ帝国の服を着ている。頭には金の冠を身に着けている。
少年は小さな口を動かして、何かを言っているような気がした。
「――――選ばれし者よ、転移の門の前で唱えよ魔の言葉。アルティミアに来たければ、己の力で門を開けよ―――」
突然、肩を押されたような気がした。
揺さぶられたと同時に目の前の景色が一瞬で変わり、電話の音や誰かの話し声、そして、キーボードが叩かれる音が耳に入り込む。
背後に誰かが立っているような気がしたので、振り返ってみた。すると眼鏡をかけた中年のスーツをきた男が立っていた。
「早島君、大丈夫かね?」
「て、寺澤さん……」
この職場の上司にあたる寺澤だ。とてもやさしくて、部下の失敗にも寛容的。叱責されているところを見たことがない。
「居眠り?」
「あ、いや……」
居眠りをしたつもりではなかったが、目の前で広まっていた光景が夢だったとしか思えず、言い訳するのも嫌だったので、正直に謝る。
「すいません……」
「ははは。疲れが溜まっているのかもね。無理は禁物だよ~」
そういうけど、どうせ……
一笑いしたと思うと思い出したかのように小脇に抱えていた物を取り出す。
「これ、悪いんだけど、明日までに頼むよ」
満面の笑みで、分厚い書類を机の上にどっと置いた。それを見て、苦笑いしながらも会釈する。
俺はこの瞬間、残業を覚悟した。
手をひらひらさせながら頑張ってくれ、と言い残し自分の席へと戻っていった。
悪魔だ…あれは悪魔の背中だ……
デスクの片隅に置かれた書類にチラリと視線を向ける。恐る恐る、手を伸ばし、内容に目を通す。
「うげっ……。予測通り……適当にできないやつ」
渡される書類はだいたい、適当にそれ風に作っている。案外、バレないので、流されることが多いが、今回の書類内容は本部へ送る書類らしく、適当にはかけない。
となるとだ、しっかりとした数値根拠に、グラフなどを駆使して、作成しなければ……視線をパソコンの画面、右下へ向ける。
時刻は18:50分になっていた。俺の定時は17:00まで。
「残業だ……てか、すでに残業中だ……ちくしょぉ…」
デスクへ額を置き、身体を預け、うなだれた。すると俺の横で仕事をしていた部下の山田が覗き込んできた。
「残業ですかー? せんぱーい?」
何か勝ち誇ったような様子で、ニヤけながら言ってきた。
「お前も残業だろ」
同じ時間帯に出勤しているので、明らかに残業している。
「私はもう帰りますよ?」
「へ?」
「じゃあ、お先です」
そういって、椅子から立ち上がり、背伸びをして、自分の荷物を片付け始めたので、椅子に座りながら近寄ると両手を合わせて頭を下げた。
「頼む……」
山田にはその言葉だけで十分だ。それで伝わる。
「えーまたですかー」
「コーヒー買ってあげるから、ね?」
「どうせ、また100円の缶コーヒーでしょ?」
100円では不服と言うのか。
「ぐぬぬ……120円まで出すから」
「160円ね」
財布の中身を思い出す。まだ、200円は入っていたはずなので、その提案を受け入れた。
渋々と後ろポケットから財布を取り出し、ファスナーをあけ、振ってみる。
チャリンと金属音がした。
160円を取り出し、手渡す。
山田は笑顔で受け取ると自販機へと向かう。
機械音がしたあと、缶ジュースが落ちる音が聞こえる。それからプシュっという音がした。
山田は缶コーヒーを飲みながら歩み寄ってきて、左手を出してきた。
「ん」
「はいよ」
そういって、上司から渡された書類を半分渡す。山田は受け取ると自分のデスクへと戻り、腰を下ろした。
「うげっ」
真横から悲鳴の声がもれる。
「やばいだろ? この書類」
「まじ、最悪」
「ごめん、ありがとう」
「どいたま」
そういって、隣からキーボードが叩かれる音がするのを聞きながら俺は、手元にある書類に目を向け、深いため息をつく。そして、マウスを操作して、データを入力していく。
「くそ……明日こそは絶対に定時で帰ってやる……」
それから数時間後、ようやく終わりが見えてきた。最後の確認を行い、保存して、電源を落とす。
ふぅ……終わったぁ…… 腕を上げて、大きく背筋を伸ばす。肩こりがひどい。