第13話 エルドランの街 その2
お尻辺りから黒色のしっぽのようなものが生えているのがわかった。そして、大きな瞳、頭には猫耳があった。
「えっ!? もしかして、獣人??」
俺は驚き、つい大きな声で言ってしまった。
「はい。私は猫の亜人で、クロエと申します。どうぞお見知りおきを」
そういうと、また深く優雅にお辞儀をしてきた。
「す、すげぇ……」
俺は感動のあまり、自然と手が伸びていて、猫耳を触ってしまっていた。
「ひゃん??!! え??? あの……、えっと……」
クロエは突然のことに戸惑い、顔を赤くしている。俺はそんなことも気にせず、その感触を楽しんだ。
「本物だ。間違いない」
真顔でそういう俺に戸惑いを見せるクロエは視線が泳いだ。
「ちょっと先輩!! いきなり何してんですか?!! セクハラ!!」
俺が夢中で猫耳に触っていると、山田が俺の頭を叩いた。
「痛ぇ! なんだよ山田、いいじゃないか。ちょっとくらい」
俺は涙目になりながら抗議した。
「何しておるんじゃお主ら?」
ルルは腰に手を当てて、呆れたような表情をしている。リザも横で苦笑いしていた。気が付けば、クロエはかなり後方へと下がっていた。
顔を真っ赤にしたままで、俺を睨みつけ、牙を剥きだしていた。
執事が屋敷の扉をあけ、俺たちは中へ入った。
屋敷の中に入ると、とても広い玄関ホールがあり、シャンデリアが中央にぶら下がっていた。そこにも執事やメイドと思われる人がたくさんいて、一斉に頭を下げる。
俺たちはそのまま案内されるままに進み、応接室のような部屋にはたどり着く。
部屋に入り、俺たちは革のソファー腰を下ろすとすぐに温かい紅茶が出てきた。
紅茶を飲み一息つくと老齢な執事が部屋に入ってきた。白髪のオールバックに口ひげを蓄えた渋めのおじさんだ。眼力がすごく、絶対に怒らせてはいけないという雰囲気だった。
「ようこそ。我が主ルル様のお屋敷へ。私は執事長のバトラーと申します。以後お見知りおきを」
そう言うとバトラーさんは深々と頭を下げた。それに合わせて、他の使用人たちも同じように頭を下げる。
声も渋い。こんなおじさんになりたいものだ。
俺たちもこたえるように頭を下げた。
それにしてもルルはいったい何者なのだろうか。屋敷の主ということは、貴族階級か、間違いなく裕福な地位にあることは間違いない。でなければ、これだけのたくさんのメイドや執事がいるはずがない。
応接室にはきらびやかな装飾が施されており、調度品も高そうな物ばかりだった。壁には剥製の動物たちが飾られており、中にはあの炎竜と似たようなものまであった。
……すげーあれ、本物なのかな?
俺は炎竜の首の剥製に目を向けているとき、ルルは周囲を見渡して、手を叩いた。それにメイドや執事たちが部屋を出ていく。バトラーのみが残った。
「さてと―――」
ルルが何かを言おうとしたらバトラーが口を挟んだ。
「その前に……」
そういって、バトラーがルルを見下ろす。
「ん? なんじゃ?」
ルルは小首を傾げる。バトラーの目力に負けじと、ルルも睨み返す。
しばらく沈黙が続いた。
先に折れたのはバトラーだった。怒っていたようだったが、ため息をつく。
「……勝手にお屋敷を抜け出すのはもう止めてください。もう少しで、捜索隊を出すところでしたよ」
「それはすまぬかったな。じゃが、お主はちと大げさすぎではないか?」
「いえ、あなたはここの頭領です。もう少し自覚をもってください」
それに俺は自分の耳を疑った。
「えっ?! 頭領?!」
「うむ。わしはこのエルドランの街の頭領じゃ」
「えぇー!!!!!」
俺は驚きの声を上げた。リザもそういえば言っていなかったというような表情をしていた。山田は口を開けて驚いている。
「なに、そう驚くでない」
「頭領は頭領らしくしてください。今後、あまり勝手なことはしないでいただきたい」
「わかった、わかった。気をつける」
手をひらひらさせて、適当に返事をするルルにバトラーは大きなため息をつくと視線をこちらに向けてきた。
「それで、この方たちは?」
「この者たちはわしの客人じゃ。丁重にもてなしてくれ」
「かしこまりました」
バトラーは再び深くお辞儀をした。
「さて、本題に入るかの。お主ら、前にも聞いたかと思うが、日本人で間違いはないか?」
それに俺と山田は顔を見合わせた。それからこの世界で一番信頼できそうなリザに視線を送る。彼女は大丈夫、と小さくつぶやくと首肯した。俺と山田は同時に答えるとバトラーが珍しそうな目で見てきた。
「ふむ。異世界人がまたこのアルティミアにやってきた。それで神にはあったのか?」
俺が答える前に山田が答えた。
「はい、会いました」
「ほぉ……、どのような姿をしておった?」
興味津々に座っていた椅子を座り直した。問いに俺は思い出すように考えた。
「えっと……。男か女かわからない感じ。美少年って言えいいのか。真っ白なローブを着てたな……」
「男か、女かわからない……。アルキウス、いや、スティファ―か? その神はなんと?」
「それが、名前を言わなかったんだ」
「ふむ」
ルルは考え込むような表情になる。
「名を語らなかったのがちと引っかかるが、まぁいい。それで、お主らは何か目的を課されたのか?」
「それもわからないと」
「わからない?」
それにはい、と答えるとリザが口を開いた。不思議そうな顔をしていた。
「どういうことでしょうか? そのようなことは初めてでは?」
「そうなのか?」
俺の問いにルルはバトラーに目を向ける。バトラーは顎に手を当てて、考える仕草をしながら口を開く。
「確かに噂によると異界からの来訪者は、みな目的は持っているはずです。しかし、その目的がわからないというのは私も初めて聞きますね」