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その少女とは

「おい!やめてくれ!俺は何も知らない!」

 

 目の前の男が命乞いのように嘆願する。繁華街のネオン色、その小さな路地の奥。堆積したごみの鼻をつんと刺す異臭と苦い鉄のような気味の悪いにおいが立ち込める。こんな薄暗い路地奥には誰も寄り付かない。ましてはここは関東最大の繁華街。歓楽街でもあるこの町は真夜中の二時、暗闇に吸い込まれた空とは裏腹に、相変わらずカラフルな色と音を奏でている。みな札束を握りしめてあちらへこちらへと酒と女を求めて街中を練り歩くのだ。

 

 目の前の男に再度、意識を向けるといかにも下っ端の目でこちらに屈服するように助けを求めているのが見えた。何か言っているようにも思えたが耳障りな小言はもはや聞く気にもならない。慈悲はない。向こうに加担したのが運の尽きだ。上からの命令はこいつから情報を引き出せとのことだったがもういいだろう。こいつは何の情報をもっていなさそうだ。それにしても幹部の可能性という伝達は何だったのだ。上はまともに動いているのかと心配になってくる。少しは覚悟してきたというのにあっけなさすぎる。

 

 灯りの奥に見えるのは相変わらず仕事終わりのサラリーマンとヤクザかぶれの大学生、水商売の女。有象無象が急ぎ足で歩いている。千鳥足のやつもいる。顔をだらんとさせて絶望に打ちひしがれているやつもいる...ぼったくられたな、あいつ。それらの五月蠅い声は途切れることなくなり続けている。

 

 これなら気づかれることもあるまい。そう思って銃口を再度男に向ける。こめかみに銃を添えると男は震え、恐れ、今にも泣きわめきそうになっている。が、恐怖のせいでかすれ声しか出ずカサカサと足を地に這いずらせて音を出しているだけだ。泣き喚かれても面倒くさい。そろそろと銃に意識を送る。叫ばれる時間も与えないように一撃で男の意識を刈り取るのだ。戦意喪失している男はただ固まって襲ってくる気配さえない。撃鉄にぐっと力を込めて下に倒す。カチャリという音が鳴る。シリンダーが回る。グリップをしっかり握って引き金に手をかける。


「じゃあな」

 

 そう一言かけて男のこめかみの銃を脳に突き立てる。男の目がこわばる。汗が流れ落ちる。


「ぁあがぁ!..だだsげぇ...t」

 

 許しを請う男の声はもはや声になることはなく濁音の羅列となって聞こえてくる。

そして私はその声がその意味を成す前に引き金を引いた。バァンという甲高い音が響き銃弾が男の脳を貫ぬく。

 

 男は目をひん剥き白目になり口は半開きで苦悶の表情のまま息絶えている。頭からどろどろと赤い液体が流れ出しその顔を赤く黒く染めていく。恐怖と緊張で下からは体液が流れ出し蹲る男の下の床を濡らしている。火薬のにおいと血の匂いが交じり合って気持ちが悪い。もう死んでいるだろうが念のためだ。私はその首を手に取り後ろ側に180度以上回転させた。バキッという音がして首があり得ない方向に曲がりそして生まれたばかりの赤子のように首は硬度を失う。頸椎を折ると


「よし..」


 と私は微笑んだ。小さな奥まった路地、ここが繁華街とは言え、用のない奴は間違いなく近づこうとはしない。少なくとも5日は発見されないだろう。そのころになれば死体の腐敗も進んでウジ虫やらハエやらが寄ってたかって表皮を食い散らかして原型を崩してただの肉塊へとなり果てる。そうなればこちらは警察に突き出される心配もなくなる。

 

 すぐに撤収の準備を始める。銃を鞄に隠し表通りへ向かう。予想通りとめどない喧噪の中にもまれて銃声をかき消えたようで誰もこちらを気にする様子はない。私は鞄を肩に抱え何事もなかったかのように夜の歓楽街に交じって消えていく。任務成功ではあるがこいつは何の情報も持っていなかった。進展はなしだ。



 

 30分ほど歩くと小さな倉庫のような建物につく。私たち《不死鳥》のアジトである。ついでに一応私たちの家でもある。といってもいつ奴らに見つかるかわからない以上仮の姿でしかないが。

アジトに戻るとメンバーたちがそれぞれ思い思いのことをしていた。


「おうエル、任務は成功か」

 

 メンバーの一人が問いかけてくる。


「成功といえば成功だがあいつは何も情報を持ってなかった。結局進展はなしだ。」

「そうか。なかなかうまくいかないもんだな」

「そいつはどうした。」

 

 ほかのメンバーの一人が話しかけてくる。


「殺した。銃で頭貫いた後で頚椎を折ってやった。生き返ることはないだろう」

「相変わらず野蛮だな。連れて帰ってきて拷問でもして少しぐらい生き永らえさせてやれよ。」

「お前は甘すぎるんだよ。ほんとに10年いるのか怪しくなるレベルだな..どちらにせよ少し向こうに加担しただけの一般人だ。苦しませて殺す意味もないだろ。」

 

 これはメンバーによるが向こうの構成員をとらえたとき私は問答無用で殺す。これは相手が組織にチクるのを伏せるためであり、自分の延命にもつながる。人は自分が受けた痛みや苦しみを必ず忘れない。そして必ず復讐にやってくる。慈悲など与えてはいけないのだ。このぐらいは常識だろうに妙にこいつらは殺し合いに情を加えたがる。そんなことをしても何の得にもならない。


「まあそれは人それぞれの好みというものだ。」

「で?お前は何かいい情報でもあったのか?」

「ああ、この裏にはかなりでかい商社が絡んでるようだ。それというのが井沢商事だ。」

「井沢商事?なぜだ」

「どうも海外に麻薬の輸出ルートがあるらしい。買い手が破格の金額で買い付けるようだ。その金額につられて井沢商事は売買に手を貸してるようだ。大企業が金を積めば麻薬まで密輸出とはな。世も末だ。」

井沢商事は海外に支店を持つ日本有数の商社だ。向こうはどうもここまででかいのを後ろに置いていたようだ。コネがあったのか脅したのかわからないがどうも他にも絡んでいる企業がありそうだ。

「かなりこちらが厳しい状況だな。上はどうするつもりだ」

「わからん。が、俺らはとにかくあいつらをつぶすだけだ。」

「そううまくいくといいがな」

「さあな。とにかく任務で疲れただろう。風呂でも入って落ち着け。」

「...見るなよ。」

「はん。誰が見るか。お前の貧相な体で興奮するような純粋な奴はここにはいねえよ。」

「私はお前らが昨日の晩、こっそり見てたの知ってんだからな。次見ようとした奴は脳天かち割ってやるからな。」

「....」



 私は風呂らしきところに向かう。そう。ここはいわばただの倉庫である。浴槽などない。つまりは五右衛門風呂である。ドラム缶に水を入れ沸かしただけの粗末なものだが、風呂も浴槽に水を入れてあっためただけのものだ。差異はない。

 

 私はそこらの女のようにまともな人生は送ってきていない。なんせ生まれてこの方この生活なのだ。それこそ小さいときは父が銭湯に連れて行ってくれたことはあるがそれだけだ。つまり慣れてはいるのだ。ただ任務で潜入捜査するときは意外といい宿に泊まることも多い。この頃はそれも増えてきたので少し寂しく思うようにもなったかもしれない。

 

 私の人生はここで始まりそして多分ここで終わっていく。私もこの倉庫にいるほかのメンバーも組織にしてみればただの道具なのだ。ただそれでいい。それ以上は私はたぶん望まない。もっとも望めないのだが。

 

 私は父がこの組織の幹部だ。ただ母は娼館の女だ。父が行ったときに孕ませたらしい。父からその話を聞いたとき私はひどいの感情も、驚きの感情もなかった。ただ私は私がここにいていいのかと思った。私は生まれてきてよかったのかと。そんな境遇の私だが父は意外と私にやさしく接してくれたのだった。といえどそれが本当のやさしさだったのか、それとも私を組織の従順な子犬に育て上げるためのやさしさだったのか今はもうわからないが。ただこうして19年間生きてきたことは私の胸がしっかり覚えている。  それでいいのだ。結局私はここで生まれたのだ。その手には多くの血がへばりついている。今になっていくところもないし行くことのできる資格もないのだ。それに父にも一応失礼だ。暗殺術や人心掌握術を教えてもらったのは紛れもない事実で人一人女といえど養ってきたのも父だ。そうして来たのだから恩は返さないといけないだろう。

 

 辛気臭いことを考え終わるのと同時に風呂を出た。適当な櫛で髪を整え乾かしパッパッと保湿水を体中に振りかける。こんな環境といえど体をきれいに保つことは大切ななのだ。場合によっては体を使った捜査になることもある。そんなときみすぼらしい恰好や体をしては怪しまれるのだ。

 風呂を出て、少し歩くと寝床がある。と言っても独房のような三畳あるかないかの小さな部屋だ。部屋の半分以上を占めるぼろ布団に入ると、すこし肌寒くなってきた10月の気温に当てられた体がじわっと温まっていく。「はぁうう」背伸びをすると小さな声が出た。

 

 疲れた体の力を抜くようにして布団に身を預けると瞼が自然に落ちていく。視界が開閉を繰り返し、やがて私は眠りの中に静かに落ちていった。

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