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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

死出山怪奇譚集

死出山怪奇譚集特別編 風の守人

作者: 無名人


 死出山、この地は昔から生と死が隣合わせだと言われている。風見家の長男であり、後に瞬の父親になる風見守は、幼い頃からそれを感じていた。母には力はないが、父の進蔵には力があり、霊が視える。


 そんな守には同級生の幼馴染が居た。名前は日暮奈緒、この地に住んでいるというのに幽霊を信じないような人だった。

「幽霊なんて居る訳ないでしょ?」

それが奈緒の口癖だった。自分で見たものしか信じない奈緒は、思った事をハッキリ言う事からクラスの皆から慕われていた。奈緒は自分から積極的に委員に入り、クラスをまとめていた。



 守と奈緒は幼い頃から仲が良かったが、幽霊の存在については、言い争うくらい考え方が合わなかった。奈緒には霊やその類のものが視えないから、そう思うのも仕方ないだろう。そう考えた守は、いつの間にか奈緒と言い争うのを避けるようになった。



 そんな二人が小学五年生になった時の事だった。二人は同じクラスで、相変わらず仲良くしていた。

 そのクラスには人気者の男子生徒が居た。名前は剣崎(れん)、黒髪黒目の美男子で、文武両道だった。それから人当たりがいい事から男女問わず常に周囲に人が集まっていた。

「廉君ってカッコイイよね~」

「なんていうかさ、魔界の王子って感じがする!」

魔界の王子、確かにそうだと守は思った。廉の周囲には危険な雰囲気が漂っている。だが、風格があり、礼儀正しいから物語から飛び出した王子のようだった。白馬というよりは、黒馬に乗ってそうとクラスメイトの女子達は話題にしていた。

 廉の周囲からは妙な気配がした。だが、守にはそれが人間か、人間ではないのか、あるいは霊や妖の類なのかは分からなかった。その頃の守には知識がなかった事と、まだ力に完全に目覚めていなかったのが原因だった。

 



 守が力に目覚めたのはその年の夏の日だった。夏休みに守は奈緒と一緒に山で遊んでいた。すると、奈緒が突然山から消えたのだった。

 守は奈緒を探そうと山を彷徨った。この山は死出山、魂が昇る場所と言われている。その山から行方不明になったものは数知れない。また、行方不明になったとしても戻って来れる保証はない。それを思い出した守は大慌ててで奈緒を探した。

「奈緒ちゃん!」

だが、奈緒の気配はおろか人一人の気配すらない。守はだんだん心細くなったが、ここで折れたら自分が死ぬと思った守は、不安を振り切って走っていった。



 そして、守はようやく奈緒を見つけた。奈緒は石段に寝かされている。守は奈緒を起こそうとしたが、違和感に気づいた。人ではないものがずっと自分達を見ているような気がするのだ。

「何?この気配…」

守は奈緒を抱き寄せて慌てて降りようとした。だが、見えない気配はだんだん近づいてくる。

 

 姿は見えないが、明らかに自分達に殺意があるというのは分かった。守は二人で帰る、もし死んだとしても奈緒だけは生かすという一心で気配に向かってこう叫んだ。

「奈緒ちゃんは絶対に死なせなくない!」

そう叫んだ次の瞬間、守の目が光った。その光でその気配は吹き飛び。その隙に奈緒を起こして山を降りる。守は奈緒が起きた事に安堵し、無心で町へと帰った。

 



 その出来事以降、霊能と共に守は人の寿命が視えるようになってしまった。守の目には人の寿命が年数として分かる。また、寿命が近づいているものは影のように視え、また、既に死んでいるものは真っ黒に視える。

 風見の長男は『風見の少年』と呼ばれている。先祖は皆、死にかけた時に霊能に目覚めたようだ。


 守はその力を奈緒を始め人を助けるのに使った。そうして助けた者はどうやら寿命が伸びるらしい。それを知った守は、自分の危険を冒してでも、誰かを守ろうとした。守が助けた人は皆感謝をしていたが、誰も守の力には気づかなかった。

 奈緒自身は幽霊を信じていないが、どうやら狙われやすいらしい。それを知っていた守は、何度も自分の力で奈緒を助けた。奈緒も守に助けてもらっているのを自覚していたが、まさか自分が信じていない霊能や幽霊が実在するとは思っていない。




 その年の暮れの事だった。守は奈緒と一緒に学校から帰っていた。その日は何故か常に薄く何かの気配があり、守はずっと探っていた。だが、奈緒を初め誰もそれに気づかない。

 その時だった。奈緒が突然地面に沈んでしまった。見ると、黒くてドロドロした得体の知れないものが奈緒を絡んで沈みこませようとしている。

「守君、助けて!」

「奈緒ちゃん!」

守は奈緒の身体を掴んで地面から抜こうとした。だが、力が強くて押し戻されてしまう。守が奈緒を助けようと強く思ったその時、目が青く光った。その光でそのものの動きが一瞬止まったが、すぐに元に戻り守も地面に引き摺り込まれてしまう。以前奈緒を助けた時よりも、相手の力が強いようだ。


 このままでは自分は奈緒と一緒に死んでしまう。守の力は他人の寿命が見えるが、自分の寿命は見えない。だか、このままでは自分が死んでしまう事だけは分かる。

 そう思ったその時だった。黒い影が黒い腕を切り裂き、守と奈緒は地面に叩きつけられる。

 どうやら、その影が二人を得体の知れないものから助け出したようだ。その影はそのものを大鎌で切り刻み、一瞬にして消してしまった。


 大鎌を持っていたその影は、真っ黒な仮面とローブを纏っていた。そして、二人に近づき、それを外して素顔を見せた。その顔は、クラスメイトの剣崎廉だった。

「廉、君?どうしてここに?」

「奈緒さんは気絶している。休ませた方がいいな。」

守は、廉に言われるがまま奈緒を公園のベンチに寝かせた。守は廉を見た。頭の上に付いていた数字はなんと三桁。明らかに人間離れした寿命を持っていた。

「廉君、寿命が…」

「お前、人間なのに寿命が分かるのか?」

「僕もよく分からないんだけどね。」

「俺もその力を持っているんだ。『命察』、あらゆるものの寿命を視る力だ。」

どうやら守は死神と同じ目を持っているらしい。廉は守をベンチに座らせてこう言った。

「死出山に住む風見の一族、君はそうなんだね?」

「まぁ、そうだけど」

「…『風見』か、聞いた事がある。確か昔その名の人と死神の姫が結婚したんだ。」

死神も風見の事を知っているのだなと守は思った。

 もし、風見という人が自分の先祖で、その人と死神と結婚したのならひょっとして自分も死神ではないのかと守は考えて期待した。だが、能力がある父親もそうでない母親も寿命は人並みだったので、自分は死神ではないようだった。一瞬でも自分が死神なら良かったのにと思った自分が馬鹿らしくなっていた。


 期待を一瞬で打ち砕かれた守は、死神である廉にこんな事を聞いてみた。

「僕がその能力を使って人を助ける事についてどう思ってる?」

「自分の能力を誰かの為に使うのは良い事だと思うよ。死神だって無闇やたらに命は奪わないからな。それに…、人を救うのもまた死神の役目だって思ってる。悪霊とかを浄化するのは、この世の人間に危害を加えさせない為だからな。」

「死神なのに、人を助けるの?」

「死神なのにじゃない。死神だから人を助けるんだ。俺達は人間よりも寿命は長いし力もある。」

廉は自分の中にある強い思いを、守に語ってくれた。

「死神の本来の役目は死んだものを送る事だけど、生き物は必ずどちらかの状態でしか居られない。だから、俺はその力を死んだものの為だけではなく生きたものにも使おうと思ったんだ。もし、死にかけている人が居たらその人を死ぬまで待つのではなく、何としてでも生かそうとしている。」

「へぇ、面白い考え方だね」

廉の考え方は、死神の中でも異端だった。それもそうだ。廉は幼い頃から現世に住んでいて、多くの人と関わっている。この考え方は、人間と関わっていく中で産まれたものだった。

「他の死神達は積極的に生きた人間とは関わらない。だが、俺はそれは違うんじゃないかと思ってて、積極的に人間と関わるようにしてるんだ。」

「じゃあそれで積極的にクラスメイトと関わってたの?」

「そういう事」

廉は奈緒が目を覚ましたのに気づくと立ち上がり、手を振って別れた。


 それから、守と廉は親友と呼び合うほどに仲良くなった。学校でも、外でも一緒だった。共に人を助ける事もあり、死神と人間という違いはあれどその違いを超えて仲良くしていた。二人はいつの間にか呼び捨てで呼び合うようになり、他の子供が驚く程に親しくしていた。

 それは高校を出るまで続いたが、ある日を境に廉は守の前から消えてしまった。それ以降、会うどころか連絡もまともにしていなかった。




 そして守は大人になって奈緒と結婚した。そして瞬と友也という息子が産まれた。守と奈緒は二人を可愛がっていたが、奈緒が霊を信じないのは変わらなかった。守と同じように霊が視える瞬はそんな奈緒が苦手だった。一方、そうでない友也は奈緒と同じように霊に狙われやすかった。瞬は友也を守り、二人は仲良く暮らしていた。そんな二人を守は影から見守っていた。




 そんなある日、守は久々に小学校の同窓会にやって来た。守は、今日こそ廉に会えると意気込んでいたが、廉の姿はない。不思議に思った守は、クラスメイト達に廉の事を聞いてみた。

「廉君?誰それ?」

「そんな子クラスに居たっけ?まぁ、もしかしたら死んだかもしれないけど」

「死んだなら寧ろ忘れないと思ったけど、でもその子は知らないなぁ」

あれだけクラスで人気者だった廉の事を誰も覚えていない。守だけが廉の事を覚えているようだ。まるで元々廉が居なかったように皆が振る舞うのを見て、守は寒気がした。


 守は、確認のために卒業アルバムや文集を開いた。だが、そこには廉の写真はおろか、書いたと思われる文章が見当たらなかった。守が廉と一緒に書いたり写真を撮ったのは気のせいかと錯覚するくらい、廉に関する手掛かりが消えている。

「嘘…、消えてる」

それ以降、守は奈緒にもクラスメイト達にも廉の話題を振らなかった。守自身も廉に関する記憶が薄れたのもある。何しろ、廉の名字を忘れてしまったのだ。名字があれぱ電話帳か何かで探せると思ったが、それだけがどうも思い出せない。






 更に時が経ち、守はすっかり年老いてしまった。故郷から離れ、今は青波台という場所に住んでいる。

 独り立ちした息子の瞬と友也にはそれぞれ子供が産まれ、二人は孫が産まれたと喜んでいた。二人の孫は成長し、自分の寿命が分からない守も、そろそろ向こうから迎えが来るのだろうと考えていた。

 その度に、死神の廉の事を思い出すのだった。今廉は何処で何をしているのだろう。自分の考えを持っている廉ならきっと真っ当な大人に、そして死神になっているのだろう。守は皆が廉の事を忘れたとしても、自分だけははっきりと覚えていた。



 それが続いたある時だった。自分の真横を一人の少年が横切った。その顔は幼少期の廉に似ていて、守は一瞬夢に引きずり込まれたのかと思った。

「廉?いや、廉の子供か孫か?」

声を掛けようとしたが、それを守は躊躇ってしまった。だが、後ろ姿を見たので間違いない。

 ひょっとして今、廉は自分の近くに居るのかもしれない。そう守は期待した。そして、死ぬまでにもう一度だけでも出会えたら良いと心の中で願うのだった。




 その頃、守と同じ町、青波台に居た廉は、妻になった晶子とともに町を歩いていた。

「この世界には慣れたか?クリス」

「うん、廉さんに付けてもらった晶子って偽名も気に入ってるし、それに剣崎家の、そして現世の一員になれて嬉しいよ。」

「智もこの世界を気に入ってくれたら嬉しいんだがなぁ。正直言って、俺に関わった者達全員の記憶や記録を奪ってしまったのは辛いよ。何しろ、俺の事は全てなかったことになるからね。」

「どうして記憶を奪ったの?」

「俺が歳を負わない事を勘づかれたらここにも居づらくなるからな。でも一人だけ、完全に記憶を奪っていない人が居る。」

「その人って?」

「親友だよ。それに、風見の一族でもある。」

廉は後ろを振り向いてこう言った。

「いつか会おうな、守…」

そして、二人は息子の智と、他の人間達とともに青波台で日々を送っていったのだった。



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