24話
しかし問題はこの状況をどう切り抜けるかだ。幸い陰に隠れて僕らの存在はバレていない。だがこちらはともかくとして、痩せぎすの背に隠れるハニーは今頃僕以上に焦っている事だろう。なら行動を起こすべきは僕たちの方だ。無言の内にプリンに目配せをし、息を合わせ男の体を無理やり立たせた。
「ごほん、いやすみません。ちょっと転んでしまって」
咳払いを一つ挟み、めいっぱい低い声を出してみる。元がそんなに高くないだけに、ちょっと喉がキツいが今ばかりは乗り越えるしかない。
「お、おぉそうか……さっきから白目を剥いているが大丈夫か?」
「元からこんな顔ですので、どうかご安心を。お、お前もそうだよな?」
「えぇ!」
あっちはハニーだ。意外にも様になっている。腹話術のマペットにしているのが、痩せ細っていて頼りなさげな男だけに微妙に高い声でも違和感が無い。姿を消したままのソルトが腕や首を動かし、よりリアリティも増している。
「ふむ、まぁ特に問題が無いなら良いが。そろそろ交代の時間だろう、無理せず今日は早く寝るように。明日も仕事があるのだからな。分かったか?」
「「はい!」」
「……それとだ。さっきから気になっていたんだが、この辺り、何か嗅ぎ慣れない臭いがするぞ。侵入者でもこっそり紛れているんじゃないか?」
ギクリ、冷や汗たらり。プリンにどうしたものかと目線をやると、少年は首元に香水を当てるような仕草をとった。
「こ、香水です。実は新しい香水を試しておりまして。お、お気に召しませんでしたか?」
「いやいや、そうではないが……ふむ。何故だか古い学生の記憶が蘇ってくる。悪くない趣味なんじゃないか?」
ファットは薄く笑い、踵を返して部屋へと戻っていった。後ろ手で扉を閉め、部屋の中の光が完全に断ち切られた所で僕らはとうとう力尽きて床へ座り込んだ。手を離した事で、またも兵士たちがグラリと揺れて音を立てて床へ倒れてしまった。ドタドタと部屋から足音がしたかと思えば、再び慌ただしく扉が開かれた。
「どうした!?」
「なんでもありません!」
とまぁ、随分部下思いなファットとの攻防がありつつも、なんとか窮地を脱する事が出来た。当初の予定通り男らを床の端へ転がし、透明化を解いたソルト共々手を叩いて成功を喜んだ。皆で何かを成し遂げるのが、こんなにも嬉しい事だとは知らなかった。マナと公園の砂山で城を作った時とは比べ物にならないドキドキとした高揚感で、僕の顔は耳まで熱くなっていた。
「いやしかしだ、まだ作戦は終わってない。ファットが部屋にいる事は確認済み、中に入らず聞き耳を立て情報を得ようと思う。最悪の場合は天井裏に入り込むという手もある……兎に角、奴の言葉を信じるならもうすぐ見張りの交代がやってくる。それが全てのタイムリミットだ、オーケー?」
「「「オーケー」」」
ソルトが言葉通り、率先して扉に耳を着けた。遅れて僕らも同じように息を潜めて聞き耳を立てる。幸運にも部屋内の声や音は聞こえてくる。その中にはファットの声も確かに混じっていた。
「気にする事はない、部下が遊んでいただけだ」
「ボスの見張りについておいて遊ぶ!? いやはや、兵の教育がなっておりませんで誠に申し訳ありません……」
「構わんさ。夜中の業務なんて集中出来ない物さ。現に私達もこうして仕事合間に談笑なんてしているのだからな」
ソルトの他に、もう一人部屋の中に男がいるようだった。口ぶりからしてファットの部下らしいが、やはり和やかな会話からは、街で見かける非道ぶりは感じられなかった。しかし部下が仕事の話に戻り、税金の滞納者について話を始めると途端にファットの声色が変わった。