21話
「おぉー、やっと屋敷観光終わるんだ。良かったねプリンくん、さっきから何度か欠伸してたもんね。こんな遅くまで歩いて、眠かったよねぇ」
「眠くないです……ふぁ。んん、いや全然眠くないです」
プリンはそう言いながらも、頻りに欠伸をしては仮面を浮かせて目を擦っている。その度にハニーがおんぶしてあげよっかと提案し、また丁重に断られている。年の離れた姉弟みたいだ、と僕が呟くと意外にもハニーの方が手を振って否定してきた。
「私はプリンくんのお母さんだから。ね?」
「ね、じゃありませんよ。僕の母は中央都市で息災に過ごしてますんで。適当言わないでください」
「はいはい、仲良しはその辺にしたまえ。いい加減にしないと二人の仲を妬んで暴れるぞ? 子供のように床に転がりのたうち回ってやろうか?」
それは困る。想像するだけでも面倒臭そうだ。ハニーは慌ててソルトの頭を撫で、甘やかしだした。手馴れている辺り、もしかしたら定期的にこうして駄々を捏ねているのかもしれない。もしそうだとしたら随分と甘えベタな人だ。
そうした雑談を交えつつ、ソルトに先導される形でファットの部屋へと向かった。何処にあるかは何となく分かるらしく、彼女は迷いない足取りで進んでいく。それまで後方に控えていた二人も距離を詰め、僕らは団子状態になった。奇しくも僕の前後を人で挟んでもらう絶好の位置となり、これで幾らか安全に進める。
敵が来てもプリンがどうにかしてくれるし、いざとなったらハニーの転移魔法で逃げ出せばいい。そう思うと気も楽……というか。
「あの、今更なんですけど複数人一気に転移させるのって、凄くないですか? 先生でも自分一人がやっとだって前に言ってました」
「えへへ、そんな大した事じゃないんだよ? ちょっと勉強して、頑張ったら誰にでも出来る事だよ。ソルトちゃんやプリンくんみたいな、オリジナルの魔法っていう訳でも無いし……」
「転移魔法は確かにオリジナルじゃないが、決して誰にでも出来る訳じゃない、謙遜も過ぎると嫌味になるぞハニー。君の眼前にいるペッパーなんて四十年研究しても転移魔法はおろか、ろくに光魔法も使えないだろうに」
四十年はちょっと言い過ぎじゃないだろうか。簡単な光魔法なら十年もあれば出来る、かもしれないし。うん、いやきっと……多分。自信なくなってきたな。少なくとも転移魔法は人生を賭けても扱う事は出来ないだろう。それくらい難しい魔法なのだ。
ハニーは依然えへへ、と謙遜して曖昧に笑っているが、やはりそんな難しい魔法を複数人範囲で扱えるのだから間違いなく凄い。僕なんか足元にも及ばない存在、勿論後の二人もそう。
「ペ、ペッパー君は? 何の魔法が得意なの?」
「得意、って言える魔法とか無いんですけど」
「いやいやぁ、それこそ謙遜でしょ。あんまり勿体ぶるとハードル上がっちゃうよー?」
「いや本当に……」
僕が言ってもハニーはまるで信じてくれそうにない。プリンもそうだ、画面越しに少し期待の籠った視線を感じる。そんな事言われたって返せるものなんか何一つ持ち合わせてないというのに。僕の力量の程度を知っているソルトは楽しげにニヤニヤとこちらを眺めるばかりで、助け舟を出すつもりなど毛頭無いらしい。ならばもう、仕方がない。
「サラ、静かめに出てきて」
(キュウ!)
「わっわっ、可愛い……小さな火の玉だ。口と目もついてて、さっき鳴いてたよね? 腹話術じゃなくて、ホントに鳴いてた。キュウって」
「はい、これが僕に出来る限界です」
僕に期待していた二人がサラに恐る恐る近付き、その姿を眺め出した。触っても熱くないですよ、と教えると真っ先にハニーが手を出し、サラの小さな体を手に取った。好奇心が抑えきれなかったらしい。見慣れぬ女性に頭を撫でられたり、話しかけられたりしてませっ気の強い火の玉も頻りに照れている。
「やっぱりソルトちゃんが連れてくるだけあって、変わった魔法が使えるんだね。他には? 何が使えるの?」
「それだけです」
「え?」
「それだけです」
ハニーは暫し困惑した後、ソルトの顔をチラッと見やってようやく僕の言っていることに嘘がない事に気がついたようだった。自身の手元で落ち着いている火の玉を見やりただ一言、そっかと呟いたきり会話は途切れてしまった。道中話す声が無くなる瞬間というのは何度もあったが、今回が一番重苦しい空気をしていた。