20話
「なんでソルトさんが胸張ってるんですか……というか、大丈夫ですか。さっきむせてましたけど」
プリンは喋りながら地面に転がる警備兵の体を壁にもたれさせ、さも眠っているかのように見せかけた。まるで起きる気配もなく、余程深く昏倒しているようだ。
「外的要因がない限り数時間は眠ったままでしょう。どうします、これからは見つけ次第一人ずつやっていきますか? その方が探索もやりやすいと思うんですけど」
心做しか画面越しの目が爛々と輝いて見える。実はずっとこうしたかったのだろうか。嬉々として物陰から飛び出した辺り、実はこの子こうみえて血気盛んな少年なのだろうか。しかしソルトはその提案を一蹴し、コーヒーを一杯嗜んだ後すぐに再出発すると言った。
「あんまり手の内を晒すと、もしかしたら私たちの正体がバレてしまうかもしれないしね。同様の意味で、極力彼らの前で魔法を使うのも避けたいところだ。まぁソルトとハニーはその心配も無いだろうが、露払いはなるだけ最小限に抑えよう」
「……わかりました」
確かに、先程のプリンの風魔法も恐らく独自のものだった。風を脚に纏い、自身の速度を飛躍的に向上させる。詠唱であったり魔法陣に浮かんだ文字列は、僕の見た事のない物ばかりだった。ソルトの使う創作魔法と似通ってはいたが、そこにはやはり見逃せないほどの濃ゆい独自性が混在していて、警備がそれを見て知恵を回さないとも考えられない。
特にソルトなんかは危ないだろう。学校であれだけ名を売れば多少なりとも軍部まで名前は届く。どんな性格で、独自の魔法の研究をしている事も勿論知られているだろう。もしかしたら透明化の魔法を止めたのも、それを危惧しての事だったのかもしれない。
という訳で、見つかったにも関わらず被害が一切出ないまま突破した僕たちは引き続き廊下を練り歩き、扉を見つける度にこっそりと開けて中を物色していった。中には訓練施設や、食堂なんかもあり、先程サンドイッチを食べたにも関わらずソルトが腹を鳴らしていた。胃の中に獣を飼っているんじゃないかというくらい、大きな唸りが照明の落とされた広い食堂に響く。
「しっかし見つからないな。金も書類も……やっぱりアレか、立場ある奴の自室に保管されているパターンなのかな?」
「こんなに探して見つからないんだから、多分そうですよ。っていうか、もうすぐ寮の門限なんですけど、何かあったら絶対僕たち疑われますよ」
「そんなの承知の上さ、大体私には今更失う信頼も無いし、何の心配もない」
「あんたと違って僕はまだ残ってるんです! 凡夫なりに真面目に過ごしてきたんですから……」
「うぅん、この屋敷の偉い人物といえばやっぱりファットかな」
ダメだまるで聞いちゃいない。それどころか僕に視線を向けることすらなく、一人で頭を悩ませている。
今、僕たちは屋敷の三階を歩いている。最上階も近いというのに、相も変わらず代わり映えしない長い廊下だが、窓から覗く景色は明らかに逃げ道には適していない。逃げるために飛び降りても、着地した衝撃で足の骨がバラバラに砕けてしまうだろう。ハニーの転移魔法が無ければ、僕は今頃もっと帰りたくなっていた事だろう。
「よし決めた」
「……決めたって、何をです?」
白猫の仮面が口元をニヤリと歪ませ、歯を月に輝かせた。途端に僕は嫌な予感に駆られる。大してこの人と長い時間を過ごしたわけじゃない。それでも僕は悟った。この人はこういう顔をした時、間違いなくろくな事を言わない。
「後ろの二人も聞きたまえ、我々はこれからファットの自室に潜り込む。敵陣の中でも本丸、まさに悪の根源へとな」