19話
良いから早くしなさい。とハニー(フラウ)がドアの方で怒っている。卑怯な年上との口論もそこそこに、僕らは寝室巡りを諦め違う場所へ向かった。
話せば話すほどソルトの事が分からなくなってきた。賢いくせに子供みたいな事を言ったり、理解出来ないくらい難しい事を言い出したり、振れ幅が大きいというか思っていた以上にとっつきにくい人だ。けどそんな人にも良い所はある、というよりは可愛らしい所というべきか。
「ハニー、私は疲れたよぉ。お腹も空いたし、そろそろおねむの時間なんだ。良い子は早く寝ないと怒られてしまう」
「あらあら、それは困ったねぇ。どうする? ちょっとだけ休憩する? 一応簡単な食べ物は持ってきたの、ソルトの好きなサンドイッチだよ。あとコーヒー」
「わぁい! 全員休憩、物陰に隠れ息を整えるように」
悔しいがソルトは美人だ。魔法の維持に疲れたらしく早々に透明化を解いた彼女と、柔和な笑みを浮かべる大人綺麗なハニーの二人がイチャイチャと絡んでいるのを見ていると、心做しか緊張も解れていく。二人は同学年という事もあり、お互いを理解しているのか深く信頼しているように見えた。特に問題児として有名なソルトが、ああも心を開けられる相手が居るのには素直に驚かされた。
「……ペッパーさん、顔が気持ち悪いですよ」
「えっ、嘘。ほんと?」
「ホントです。まるで余所の子を見て笑っている素性の知れない人みたいでした」
「みたい、っていうかほぼ直喩じゃんそれ……」
プリン(タクミ)のコーヒーを啜りながらの言葉は、僕の胸をかなり深く突き刺した。トカゲの仮面は口元しか空いてないのだが、プリンは自身の口元を使って僕の真似をしてくれた。それはもうだらしない緩んでいて、口端からはヨダレが漏れ出そうな程だった。
「ぷっ、ふふ……すみません、思い出し笑いですんで。放っといてください、ふふ」
「……プリンくんって、普段静かだけど結構よく笑うよね」
「そんな事無いです」
僕の真似をして我慢しきれず吹いたプリンだったが、少しつつくとすぐに元の静かな少年に戻ってしまった。まだほんのり頬がひくついている辺り、彼のプライドの高さが伺い知れる。可愛い奴だ。初対面ではただの無愛想な秀才かと思ったが、背伸びを好む年相応な姿もこうして見せてくれる。
階段の影に隠れながら皆を見渡していたら、意外とこのメンバーも悪くないな。なんて不意に思ってしまった。
「んん? なんか食いもんの匂いがする気が……こっちか?」
(ヤバっ、皆早く口に入れるんだ!)
しまった油断しすぎた。いつの間にか警備がすぐそこまで接近していて、異変に気づいたらしくゆっくりとこっちに向かってくるではないか。ソルトは慌ててサンドイッチを口に放り込み、一気に飲み込もうとしてむせていた。一体何をしているのか。
(仕方ありませんね、ちょっと行ってきます)
(行くって……戦うの!? 無茶だよ)
プリンはフードを目深に被り直し、小声で呪文を唱えながら物陰から出ていった。僕の止める声なんかまるで聞こえていないかのように躊躇がない。通り過ぎざまにハニーと目配せをし行ってきます、行ってらっしゃい。と頷き合っていた。
「『ソサラ・エンチャント・ブレズ』」
小さな背中をさらに小さく屈ませ、月が浮かび上がらせた影に潜んだまま少年は詠唱を始めた。次いで少年の足元に緑色の魔法陣が浮かび上がる。陣はゆっくりと文字列に分解され、彼のズボンに編み込まれていく。それが風魔法だと気付いたのと、プリンが一歩目を踏み込んだのは同時だった。
「うわっ、し、侵入者―――」
「はい、侵入者です。そしておやすみなさい、名も知らぬ軍部のおじさん」
それはそれは見事な手際だった。驚きのあまりに声を上げるばかりで、まるで動けずにいた警備兵にたった一歩で距離を詰め、ぐるりと背後に回って首を絞め落としてしまった。暗殺技術を生で見たかのような末恐ろしさが、僕の頭の隅に生まれた。
「あぁ、勿論生きてますよ。ちょっと眠っててもらうだけです」
「いや、いやいや……プリンくん、怖っ」
「そう、このちびっ子はただのちびっ子じゃ無い。勿論ただの魔法使いとも違う、近接格闘にも優れたハイブリッド・ウィザードなのさ」