16話
「……というか、ここって」
「良かったぁ、ちゃんと成功したみたい。計算にミスがあったら、今頃皆亜空間で石ころになってた所だよ」
「ほらカビトさん、早く立って下さい。後二十秒後にここへ警備が一人来ますので、隠れますよ」
タクミに手を貸してもらい何とか立ち上がる。視界は若干揺れていたが、どうやら五感は無事だったらしい。皆の声は勿論、明かりの乏しい廊下や外とは違う富裕層特有の甘い香りが感じられる。
「あっ、もしかしてここ屋敷の中?」
「言ってる場合ですか、ほら早く!」
タクミの焦り方から見てどうやら僕の予想は当たっていたらしい。いやまぁ、フラウが転移魔法を使った時点で十分察せられる事ではあるのだが、いざこうして犯罪のど真ん中に自分が居ることに、イマイチ実感が湧かない。まるで夢でも見ているようでちょっとワクワクすらしてきた。
革命団一冷静な少年の予想通り、僕たちが廊下の端に置かれた鎧模型の陰に隠れた、その数秒後に警備が現れた。いつも通り緑と黒の迷彩スーツに、同じ柄のヘルメット、手には光の入ったランタンがあった。
「ふんふふふーん西棟一階廊下ぁ、異常無ーし!」
随分癖のある警備だ。酒が入っているのか、声色と共に足元も覚束ず、時折ふらついては壁にもたれかかっている。段々と廊下の闇に消えていくその姿は完全に油断しきっていた。
「……よし行ったね。んじゃ皆、これからは私の事を「ソルト」と呼んでくれたまえ」
「んん? あぁ分かった、コードネームって奴でしょ。敵地潜入にはこれも付き物だよね」
「普通は潜入前に決めとくもんですけどね」
まだ少し耳を澄ませば警備の声が聞こえてくるというのに、何とものんびりした人たちだ。焦りの色どころか談笑し始めるのだから敵わない。
でもエウレカの言う通り、コードネームは大事だ。せっかくローブと仮面で身を隠しても名前がそのまんまじゃまるで意味が無い。ソルト、白い髪や塩っけの強い料理みたいな取っ付きにくさのあるエウレカには、お似合いのコードネームではないか。
「あっ、今ちょっと失礼な事考えたね? 仮面被ってても口元は見えてるんだからね、私には分かるよ」
「お二人はどうします? コードネーム」
「あぁっ無視した、今無視したよコイツ。ねぇフラウ聞いてくれよ。アイツ私の事無視するんだ」
「あはは……あっ、私は「ハニー」で、甘ぁい蜂蜜みたいな皆のお姉さん、どうかな?」
「フラウさんの性格的に、後ろにマスタードが着きそうですけどね」
タクミがあらぬ方向を見て呟くや否や、フラウさんが思い切り彼の小さな体を抱きしめた。頭二つ分くらい背丈の差があるので、見事に少年は全身抱きすくめられ、冗談だからと必死にギブアップを叫んでいた。
「ふぅ、タクミくんったら……あっ、プリンくん。とかどうかな」
「けほっ、いやプリンって……絶対髪色から連想したでしょ。別になんでも良いですけど」
さて、悩んでいる内に最後になってしまった。皆がつらつらと良い感じのネームを考えている間も、こうして頭を捻っているのに中々ピンとくるものが無い。エウレカたちも僕の仮面顔を眺め、うんうん頭を悩ませている。
「ペッパー。ブラックペッパーから……とか、どうですか」
一つ案を出してくれたのはタクミだった。微妙にエウレカと被っているのが癪だったが、他に代案も無かったのでそれでいく事にした。整理すると、エウレカが「ソルト」。フラウが「ハニー」。タクミが「プリン」で僕が「ペッパー」となった。