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閑話『ある初老の男の昔話』

ワシの名前は神楽坂かぐらざか錦糸きんしという。

昔は別の名前だったが、その男はもう死んだ。


何てことはないただの医者だ。

医者としての才能よりも経営者としての才能があったようでワシが院長を務めている『神楽坂総合病院』はこの辺りでは類を見ない巨大な病院になった。


才能というよりも執念っといったほうがいいかもしれんな。

今から30年前、わしはある発表を学会に発表した。

特殊な才能アイデンティティーと呼ばれる、人とは異なった才能を持つものは必ず、脳結晶チップと呼ばれる核が存在する。

そして特殊な才能アイデンティティーを持つ人間の遺体を解剖し脳ミソから脳結晶チップのみを摘出。

データ上、死体の特殊な才能アイデンティティーは四本腕。

一匹のマウスにその小さな(チップ)を体に埋め込ませた。

するとどうだろうか。


マウスの前足が4本になったではないか。


驚愕した。

そのマウスを解剖し脳を見たところさらに小さな結晶脳チップが出来上がっていた。

今までは脳に直接チップを埋め込むことでしか意味がないなどと言われていた。

だが違った、様々なマウスで試したが、体に埋め込みさえすれば脳結晶チップは必ず溶け込み、脳の中に帰っていく。

動物の帰巣本能のように。


まだまだ謎が多い、特殊な才能アンデンティティーの深淵に一歩踏み入れたような感動があった。

若い頃のわしはそれは興奮した。

医師として、そして研究者として。

研究データをまとめ、医師会で発表した。


どうしてこのような研究をしていたのか、今でも思い出す。

ワシの息子は特殊な才能アイデンティティーに憧れを持っていた。

ワシが持っていたからだ。

ワシの特殊な才能アイデンティティーは、物体の重さを無視して持てる、ただそれだけのものだ。

工事現場や引越し作業なんかでは役立つかもしれんが、医者としては資料を運ぶくらいの時にしか役に立たん。


それでも息子は欲しかったのだろう。

周りには、火を吹けるものや、空を飛ぶもの、足が人よりも多いものそういった自分だけの何かが。

今思えばワシはこの時から間違っておった。


ワシが息子にかけてやるべき言葉は、あれではなかった。

今でも後悔する。

夢に出てくる、もしわしがあの時アァ言わなければ、この研究を始めようとも思わなかっただろう。

今頃、嫁とあの小さな家でたわいもない会話をしながらお茶を飲み、結婚した息子が孫を連れてきていたかもしれない。

そんな幸せな未来、わしにはもう絶対来ないとわかっていながら。


ワシが発表した研究はバッシングを受けた。

非人道的だ、人間のやることじゃない、脳結晶チップをネズミに埋め込むなんてなんて恐ろしいことを考えるんだ。

ワシの研究はニュースや新聞に取り上げられたりもした。

誹謗中傷の嵐。


毎日毎日、家の前に押し寄せるマスコミども。

ネットやニュースには有る事無い事を書かれる毎日。

精神的に参ってしまう。

何がいけなかったのどろうか?

歴史上、人体を解剖や脳結晶チップを使った実験なんぞ数多くあるというのに。


なぜワシだけがこんなに攻められんといけないんだ。

きちんと許可だって取ってある。

何が、遺体のご家族の気持ちを考えたことがないんですか?だ。

そいつらだって処理に困った死体を高値で国に売り払って納得しているんだぞ。

これは世紀の大発見だろう。

誰も見つけられなかったことをワシは見つけたんだ。

見つけてやらねば、証明してやらねばそれはないと一緒じゃろう?


家から出られない毎日が続いた。

そんな中ワシが壊れないで済んだのは、息子と妻のおかげだった。

息子が、とうさんは何も悪いことしていないよ、何かの間違いなんだよと息子が励ましてくれる。

ワシのせいで、学校ではいじめられ全身あざだらけの息子がにかっとした笑みで私にそういった。

最近、あなた仕事ばっかりで寂しかったのよね。たまにはこういうのんびりとした生活もいいんじゃないかしら?

妻は微笑んでワシの好物ばかり食卓に並べてくれた。

初めは味すらしなかったが、だんだんと味覚を感じるようになってきた。

ワシのせいで外すら歩くのが大変だというのに。

なぜ?ワシのしたことのせいで家族まで苦しまねばならんのだ。


大丈夫だ、ワシはこの状況から抜け出してみせる。

そして、息子と見つけたこの世紀の大発見を必ず日の目を浴びてみせる。

その夢が叶うこともついぞなかった。


半年が過ぎ去ったあたりから徐々にマスコミの数も減っていき、世間は政治家の汚職事件やら、特殊才能課の警察の事件解決のスクープにと、別の飯の種の方に散っていった。


そろそろ、病院に戻ってこないかという当時いたの病院の院長に声をかけられる。

ワシはこれだけの騒ぎを起こしたワシをもう病院から追放する気でいると思っておったが当時の院長はワシの研究を大絶賛してくれた。

わざわざ、マスコミに囲まれている我が家まで出向いてくれて、ワシの研究結果の論文を褒めてくれた。

こんな世紀の大発見を非道的研究などで終わらせてはダメだ。この研究はもっと賞賛さんされ君は歴史に名を残す人物にならなくてはいけない、と。

興奮気味にいわれ、ワシは恥ずかしかった。

ただ息子とした約束を守ってあげたかっただけ、それほどすごい人物ではないです、というと

院長はすばらしいといい、拍手をしてくれた。

子供との約束を本当に実行しようとするなんて父親の鏡だ。それも誰も成し得なかったことに挑戦をしその勇ましい姿を背中を息子に見せてあげる。全人類の父親は君のようであるべきだな。

今思えば人生で一番誉め殺しされた。

院長は金銭的援助やマスコミに対する消化活動を行ってくれた。

復帰しやすように院内の根回しや、マスコミで誇張された噂の撤回。


あの人は本当に恩人だ。

なの事件がなければワシはずっとあの人に忠誠を誓って働いていただろう。


ワシが病院に復帰する前日にその事件は起きた。

院長から電話があり、今日は家族とゆっくり過ごしてくれとありがたい言葉をいただいた。

院長の計らいで前にいた家を売りはらい、病院近くの家を手配していただいた。

前の思い出ある家と離れるのは辛かったが、もう壁じゅうに落書きをされ妻の自慢だったガーデニングもボロボロだった。

辛い記憶が蘇ってしかたなく、引っ越した。


引越し祝いと快気祝い。

ここからだ、ここがわしの人生のリスタートなんだと、買って来た高級ワインを片手に自分を鼓舞する。

また研究を続け、今度は世界がひっくり返るような成果を見せ、ワシを異常者扱いした奴らを見返してやろうと、ここまでしてくれた院長に恩返しを、そして息子との約束がある。


わしが帰る方向がぼんやりと明るい。

もう日が完全に沈み月も出ていないというのに。

何か、嫌な予感がした。


走った、走った、走った。

これまで運動なんぞ何もしてこなかったせいか肺が張り裂けそうだ。

嫌な予感は的中した。


ワシの新しい家が火事になっていた。

イキヨイよく燃え上がり、真っ赤な火柱となっている。

周りには多くのやじ馬がいた。


息子は?妻は?まだ家の中なのか?

ワシは急いで家事になった家の中に入ろうとしたが周りにいる野次馬に押さえつけられた。


だれか!だれか!妻と息子がまだ家の中にいるかもしれないんだ!

だれでもいい!火に耐性のある特殊な才能アイデンティテーの持ち主はないですか?水を出せる人でもいいです!消化活動をおねがいします!!


叫んだ、喉が張りさけるくらいに。

野次馬の一人がワシの顔をみて、こういった。


こいつ、この前までよくニュースに取り上げられていたマッドサイエンティストじゃん。


他のやじ馬もつられてワシの顔を見る。


ほんとだ、え?じゃここってこいつの研究所?


確かあれだろ?ネズミに人間の脳にあるチップ?だったけそれを移植してネズミの特殊な才能アイデンティティー集団作ろうとして失敗したやつ。


あぁーそのニュースおれもみた。じゃあ自業自得じゃん。このまま押さえつけて自分がやってきた非人道的な研究の末路をゆっくり見してやろうぜ。


いいな!お前天才かよ!そうだよ神様はちゃんと見てるんだぜ?おっさん!


こいつらは何を言っているんだ?

多くのやじ馬がワシに対してそれぞれが言葉を発する。

理解ができない、わしがお前たちに何をしたというのだ?


それでも叫んだ。

ワシのことなど今はどうでもいい。

妻が息子が、あの日の中にいるかもしれないんだ!

なんでもする助けてください。


なんども、何度もそういった。

だが誰も動いてくれなかった。


天からの裁きだの、自業自得だの、そんなことで同情を引こうとか笑えるわ、代わる代わる罵声を浴びせられる。


数分後に消防車やレスキュー隊が到着した。

火は完全に消化され、焼け焦げ全てを失った、ワシのような家がそこに残った。


そのあとのことは、あまり覚えていない。

気がつけばツボをもって崖の上に立っていた。

中身は骨だ。

焼けた家の中から出てきた二つの人骨。

妻と息子の骨だ。


ワシの家に火をつけたものがいた。

なんのことはない、息子をいじめていたグループだった。

少年法により彼らの素性は一切書かれなかったが、彼らはニュースに取り上げられた。


英雄として。


ネットの書き込みにはこんなことも書いてあった。


マッドサイエンティストの家を放火!彼らがしたことは暴徒か?それとも善行か?


頭のいかれた研究者の家放火した奴らマジですげー。無罪だろ?普通?政府まじバカ。


彼らがしたことはただの放火だ。

なぜそういうものたちが英雄視されるのか。

ワシの妻と息子を殺しておいて。


この国はもう手遅れではないだろうか?

このような考え方をしているものが大多数なのだ。


すまないすまない、ワシがあんな約束をしてしまったばかりに。

息子の骨と妻の骨を抱きしめながら、ワシは涙を流した。


ワシがあの時息子にかける言葉はあれじゃなかった、あれじゃなかったんだ。


息子に僕も特殊な才能アイデンティティーが欲しいと言われたあの日、わしはこう答えた。


「よし、とうさんにまかせなさい!」


後悔とともに押し寄せる、怒りの波。

憎い憎い全てが憎い。

頭のいかれた国民が憎い、この国が憎い!

あの日の愚かなワシが憎い!


ワシは骨の入ったツボを崖の上から放り投げた。

ツボは真っ逆さまに海へと落ちていく。


ワシは振り返り、歩き出す。

名を捨て、顔を捨て、まったく新しい人物としていき始める。


怒りと復讐心は心に常に生きながら24年の月日が経った。


。。。。。。。


ワシは病院を建てた。

恩ある院長からもらった大金。

それを駆使し様々な事業に投資をした。


不思議なことに投資した会社のほぼ全てが今では巨大な会社へとのし上がった。

まるでそうなることが必然なように。

昔働いていた病院よりも巨大な病院。

ワシはその病院の院長となった。


『神楽坂総合病院』の院長。

神楽坂 錦糸それが今のわしの名前だ。

表向きはそうなっているが裏の顔は違う。


特殊な才能アイデンティティーの遺体を、誰も入ることのできない地下の研究室にて解剖。

引き取り手のいない遺体を盗み、様々な実験を続ける日々。

病院の近くには巨大な墓地がありそこに供養していることとしているおかげで誰もワシを疑わなかった。


研究は秘密裏に行った。

昔のようなヘマは二度としないと心に誓っていたからだ。


院長だけには話そうかと幾度も迷った。

だがやめた、あの人に会えば決心が揺らぎそうな気がしてならないからだ。


下準備が整ったが、一つワシは大きな壁にぶつかっていた。

それは、脳結晶チップを二つ以上動物の体に植え込むと体が拒絶反応を起こしてしまう。

その後、数日苦しんだ後に死んでしまう。

脳を調べた結果一つの脳結晶チップだけが見つかった。

その脳結晶チップは、元来のものと比べてより固くそのチップを初めから動物に埋め込むと体が拒絶反応を起こし死んでしまう。


より強力な特殊な才能アイデンティティー保持者が必要となるのに。

ひとつの特殊な才能アイデンティティーで、この国に復讐なんてできるのだろうか?


様々な動物で実験をした。

ネズミ、猫、犬、ゴリラ、ゾウ、ライオン、キリン、アザラシにイルカ。

そのどれもが同じ結果だった。

データが取り終えればあとは老衰で死ぬのを待つだけ、どのモルモットも平均的な寿命で死んでいった。


ワシの研究は次の段階に入ることにした。

人間をベースにした実験だ。

人の脳の構造は動物よりも極めて複雑になっている。


特殊な才能アイデンティティーを持つ子供達を集め、ワシの持っている脳結晶チップを埋め込む。

元から特殊な才能アイデンティティー持ちならいけるかもしれない。


成員した大人よりも子供のほうが憎しみを植え付けやすい。

しっかりとワシをそしてこの国を恨み滅ぼすほどの復習心を持ってもらわねば。

ワシの復習対象はこの国と自分自身。


これさえ達成できればいい。

どれだけの犠牲者や、未来あるものたちの明日を奪ったとしても。


ワシはもう止まれない。

夢の中で息子や妻が言うんだまだ戻れると。

自分たちのことを忘れて前に進んでと。

現実に生きていたらあいつらはそういったことを言うのかね?

ワシは許されたいんじゃないんだよ、愛する家族たち。


ワシは裁かれたいんだ。


ワシ自身のポリシーを曲げてでも、これから未来のある子どもたちの人生をねじ曲げてでも!

だからあの日お前たちを海から投げ捨てた。

ワシを許してほしくなかったから。


ワシは裏社会の人身売買を中心にしている組織に声をかけた。

表向きはヤミ金業だが、うまいことやっているものだ。

こういった研究や裏の企業にばかり相手にしておるとと嫌でも裏社会の人間には目をつけられるものだ。

目をつけられるということはその存在を知るということだ。


黒服の男に連れられてワシはある部屋に入った。

檻の中で入っている子供達。

褐色はよく、病気にかかっているものは一人もいない。

一応ワシも医者の端くれだからな、見ただけである程度の健康状態はわかる。


商品は丁寧に扱えということか。


かわいそうに。

この子たちはこれから誰かの道具として生きていくものが大半なのだろうな。

親に売られたもの、さらわれて連れてこられたもの、この子たちのような存在は大本を潰さないかぎり増え続けるのじゃろうな。


こういったものたちを可哀想と思えるくらいにはワシの良心は残ってたのじゃな。


ワシが今からこの子たちに行う実験をした後にも同じことを思えるのかのう。


ふと目に入った箱。

何も書かれておらずあれは何か?と黒服に尋ねる。


黒服は、3日前ほどからあそこに置いてましてね?まだ商品じゃないが見てみますか?というと箱に近づいていった。

商品じゃない?

ワシも一緒に近づいていくと箱を見て驚く。


空気穴もなければ、閉じてしまえば光も何も通さない箱の蓋をして仕舞えば密閉される仕組み。

もし中に生き物が入っていたとすれば6時間も生きてはいけないだろう。


黒服は臆することなく箱の蓋を開けた。

ワシはさらに驚いた。

真っ赤な瞳の燃えるような目の赤ん坊。


じっとこちらを見てワシを燃やさんとする瞳で。

ワシは赤ん坊を抱き上げる。

軽い、とても軽い。

こんな箱の中で生きていたのか?飲まず食わずで泣くこともせずに。

アァこの子だこの子なのだ。


あの日、一人だけ燃やされずに生き残ったこの愚かな老人を燃やし尽くしてくれるのは。

復讐の炎なんて生ぬるいものではダメだ。


この子の灼熱のようにギラギラと燃えさかる目。

都合が悪いからと誰の目にも届かず、見つけられずにいないものとされる。

ワシの研究結果と同じ赤ん坊。


どうかこの老いぼれとこの腐った国を焼却処分してくれと。

神様のように感じるこの赤ん坊にワシは涙を流しながらそう願った。

赤ん坊もワシの涙に応えるかのように大声で泣いた。


その願いもついぞ叶うことはなかったがな。




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