第7話 「仲直り」
目の前から消えたガキ。
さすがにこう何回もやられると目が慣れてくるもんだと勝手に思っていたが、全く見えない。
スカイフィッシュが未だに発見されないわけだ。
目に見えないものってのは実際にはないと一緒だからな。
だからこのガキもいない存在とされていたんだろう。
誰の目にも届かずただただこんな地下の研究所に閉じ込められて。
同情しているわけじゃない。
気がついたら知っている小説のよくワカンねぇキャラになってただけだ。
序盤にしか出てこない噛ませ犬キャラがラスボス相手によくここまでやっていると思うぜ?
本当はこいつは主人公に倒されて、死ぬ。
こんな小さなガキが何も悪いことしていねぇ奴が、理不尽に抗ったことにより殺される。
だけどそれはダメだろう。
納得いかない。
だから俺は小説のストーリー通りに事が進むのを拒んだ。
初めからラスボスのところに行き、何の脈絡も伏線もなく助けに来た。
本当の助け方が存在する中、別の方法で解放することにした。
わざわざ、数学の公式を知っているのに、別の公式で問題を解こうとしているわけだ。
俺は自分が納得したもの以外のことは絶対にしたくない主義なんだ。
殺させやしねぇ、どれだけ命が軽い世界でも生きてるってことはスバラシィんだ!
この世界が小説だとしても俺にとってここはもう現実だ。
認めざるえないほどの現実なんだ!
好きじゃなかろうが人気がなかろうが。
噛ませ犬キャラになったからってそのとうりに生きるどうりなんてねぇ。
主人公の好感度アップの幸せになるためのちょっとした踏み台になるために生きるなんて真っ平御免だ!
だから俺は俺の好きなように生きる。
その場その場を面白けりゃ、自分が納得していりゃそれでいい。
だから、ガキ。
こい!お前の今の全力を俺が受け止めてやる。
感じてやる、ちゃんとお前を見つけて見ててやる。
お前も見せつけてやれ、過去の鎖に囚われた悲しい初老の男に。
全く自分を見てくれなかったその男に、自分は一人だと嘆いて心を閉じ込めている糞爺に!
「僕はここにいるよって!見せつけてヤレェェェ!」
叫ぶ。
手を広げ、足腰に力を入れて構える。
次の瞬間、とんでもない衝撃が全身を駆け回る。
頭の中が真っ白になる。
痛みも苦しさもない。
意識が遠のいていく。
倒れるな俺。
気絶したっていい、死んだって構わない。
そのくらいの根性でいけ!
前世とは違って脆い体でも精神は前と同じなんだ。
いや、この六条梨杏の精神を合わせれば2倍だ。
足りない部分は気持ちでカバーだ!
もちこたえろ、倒れるな!
受け止めてやるって言ったんだ。
ここで倒れるなんて絶対に納得しねぇ!
気張れや!オレェェェェ!
だんだんと遠のく意識を根性で呼び戻す。
痛みが体全身に駆け回る。
息ができず苦しい、口いっぱいに血の味が広がる。
目を下に向ければ、俺の懐には体当たりしているガキがいる。
よし、どうやら耐え切れたみたいだ。
だいぶ押されたみたいだが、よしとしよう。
勢いがなくなって俺の懐から地面に落ちるガキを両手で抱きしめた。
「はぁ、はぁ、がばっ!」
まずいな、これで喧嘩はおしまいみたいなこと言いたいのに口から何か出た。
え?これ血?
まずいな折れた骨がどっかに刺さったか?
全身が痛すぎて分かんねぇわ。
ガキを抱きしめながら、膝をつく俺。
思いっきりついたから膝の皿割れたかも。
なさけねぇ、この程度で声も出やしねぇなんて。
そのまま、前の目に倒れそうになったが支えられた。
抱きしめてたガキが支えてくれた。
背中にあたる、暖かい小さな手の感触。
小さな鼓動がトクントクンと大きく感じる。
「はぁ、はぁ、ありがとな、助かるぜ。お前スゲェな。そんなすげー力を持っているなんて、感動もんだぜ。ついつい喧嘩うっちまうほどにな。恥ずかしいぜ、自分で喧嘩売っといてここまでボコボコにされるなんて、でもスッキリしただろ?全力ではなかったかもしんねーけど、自分の思うままに暴れるってのは。俺も昔そうだった。でも喧嘩するには相手がいねーとダメだ、殴り合いの喧嘩しかり口喧嘩しかり。暴れるって言っても八つ当たりはダメだぞ?関係ないやつまで巻き込んじまうからな。悪かったなあんな動画見して。お前が嫌がる顔がちょっと見たかったんだよ。そんなに嫌がるなんて思ってなった。だから」
俺は抱き攻めていたガキの体の方に手を当ててガキを離した。
ガキは真っ赤な瞳で名残惜しそうにこちらを見ている。
俺は右手をあげて、あげて、あがれぇぇぇ!
よし、プルプルと震える右手をあげてにっこり笑う。
「仲直り、な?」
ガキは戸惑ったように俺の差し出した右手に両手を添えて優しく握った。
小さな小さな手。
離さないように自分の顔に俺の手を当てる。
「あったかい、あったかいよぉ」
そりゃあ、生きていますから。
ガキの赤い瞳からはまた涙が流れる。
泣き虫だな。
悪いことじゃない、男ってのは本来涙もろいものなんだ。
うれしっかったらないていい、悲しかったら泣いていい、悲しかったら楽しかったら怒ったら泣いていいんだ。
俺の意識が完全に遠のく。
根性や気合が足りねいねぇ全く。
気絶なんてものは甘えだよ。
薄れる意識の中、蚊帳の外だった初老の男がこちらに歩いてくる。
こんな姿見るなよ、エロジジイ。
泣いているのか失望しているのか、もう視界が定まらないからわかんねぇや。
真っ暗になる目の前のなかガキの赤い瞳だけが深紅に輝いていた。
もうくすんだ赤色じゃない。
完全にはまだ時間がかかるだろうが、少しほんの少しくらいはガキやクソジジイを縛っていたものから解放してあげれただろうか?
俺の問いかけに答えるものはいなかった。