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第5話「ガキのプロローグ」

 目の前のガキはただ黙って俺を見てくる。

 全身を鎖によって固定されていて、身動きが取れないようになっていても、顔だけは何もつけられていなかった。

 喋れるはずだし、こちらの声だって聞こえている。

 にもかかわらず、何も反応することなくただじっとこちらを値踏みするようにあかい瞳で俺を見る。


「そんなじっと見るなよ。照れくさいだろ?それともアレか?俺のこのサラサラヘヤーが羨ましいのかい?お前の髪の毛ギトギトしてそうだもんな。ここから出られたらしっかりとお風呂に入らないとな。じゃないと女の子に人気が出ねーぜ?」


「・・・・・・」


 沈黙か。

 そりゃそうか。

 いきなり出てきた見ず知らずの相手に何か言う方がおかしいか。

 ずっと一緒にいる院長にすら、いやこのガキが心を開ける相手なんざ一人もいねーか。

 そんなこと教えてくれる相手が一人もいなかったんだからな。


 生まれた瞬間に母親に捨てられた。

 望んだ子どもではなく何より母親には借金があり金がなかったからだ。

 どこかの橋の下で誰かが拾ってくれるっだろうという安易な考えだったらしい。

 一ヶ月、たった。二ヶ月、たった。半年ほどしてその橋は心霊スポットとなった。

 いつも赤ん坊の声が聞こえると。

 誰かを呼ぶような鳴き声が、やることもないから暇をつぶすように静かな寝息が。

 こわくなった母親はその橋にいった。

 普通なら知らんぷりをするだろう。怖いのなら近付いたりしないだろう。

 だが母親はその橋に行った。

 自分の過ちに気がついたのか、赤ん坊が死んで幽霊となって自分を探しているんじゃないか不安になったのか。

 母親が内心何を思っているのかは、真実は不明だがとにかく母親はその橋の下に行った。


 だが、母親はそこで信じられないものを見る。

 誰かが来た形跡も、育ててくれた形跡もないのに、赤ん坊がそこにいた。

 半年前捨てた時よりも確かに大きくなった赤ん坊。

 真っ赤な瞳で母親を凝視する。

 ただ黙って、凝視する。

 今の俺を見ているような目だったのかもしれない。


 生きていたんだ。

 半年間、誰にも世話をされずに誰にも頼らずにただただ生きていた。

 赤ん坊の母親は、自分の子が特殊な才能アイデンティテーを持っていることを瞬時に悟った。

 母親は赤ん坊を抱いて走り出した。

 決してやはりわが子が可愛いだとか、生きていたからやっぱり自分が育てようと思ったなどではない。


 自分の住んでいるアパートに辿り着くと母親は自分が借金をしている会社に電話をかける。

 そしてこう言う。

 特殊な才能アイデンティテーを持つ赤ん坊がいる、高値で引き取ってもらえないか、と。


 数分後に黒いスーツを身にまとった男たちが二人ほど到着する。

 男たちに母親はどう言った特殊な才能アイデンティテーを持っているかをいった。

 この時母親は我が子の特殊な才能が(アイデンティティー)が『生命力』だと思っていた。


 我が子を商品のセールストークのように、有る事無い事を語る。

 少しでもいい金になてくれればと、これで自分の人生がやり直せると信じて疑わなかった。

 わらをもすがる思いで喋る母親。


 男たちは一週間ほど預かる、と言ってその場を去っていった。


 男たちの会社は表向きは法に触れるか触れないかの小さなヤミ金業だが、実際は世界中をまたにかけて人身売買を行っているほどの組織であった。

 人は目の前にある小さなほころびを見つけた時に、その近くにあるさらに大きな汚れには気付きにくくなる。

 警察も小さなヤミ金業として会社にチェックが入っていても人身売買を世界で行っている犯罪者集団だとは尻尾すらつかめていない。


 商品は特殊な才能アイデンティティーを持った子供達。

 裏社会ではより良い戦闘員になったり、優秀な子供が欲しい金持ちに売ったりと様々な人間に特殊な才能アイデンティティーを持った子供達を売っている。


 大人となった売れ残りはそのまま組織にはいってもらい、新しい組員としてまた子供達を集めさせる。

 永遠に終わらない負のスパイラルの完成である。


 黒服の男たちは女の入ったことが本当なのか確かめるために会社に戻った。

 そして、黒い箱の中に赤ん坊を入れた。

 一週間後にまた見にこればいい。彼らに人道的な考えはなかった。

 そういう風に教育されてきたからである。

組織が彼らに施す教育は組織で生きることがすべて、弱者は強者に淘汰される存在と。


 組織に利益が出るかどうかわからずまた自分たちよりも圧倒的な弱者である赤ん坊に彼らが思い込んでいる人道的なことに当てはまるわけもなかった。

 黒い箱を閉める時赤ん坊がじっと赤い目で見つめてきたのが不気味でお前たちの顔を忘れんぞと言っているような錯覚に陥る。


 完全に密封された黒い箱。

 光も届かなければ音も入ってこない。

 新鮮な空気もなにも。


 一週間後、箱は開けられる。

 開けたのは赤ん坊を黒い箱に閉じ込めたおことたちではなく、初老の男だった。

 初老の男はゆっくりと赤ん坊を抱きかかえ泣いていた。

 ただただ涙を流し、謝った。

 何に対して謝ったのか、これから自分がこの赤ん坊に対する非人道的な行いに対してなのか。

 赤ん坊は初老の老人につられるように、大声で鳴き声を上げた。


 だいたいこれがこのガキのプロローグ。

 ガキの母親が結局どうなったのか、黒服の二人組はどうなったかなんて何も書かれてなかったからわかんねーけど。

 こいつらはモブキャラだから別にいいけど。


 その後、この神楽坂病院の院長に引き取られたこいつは、愛情もなくモルモットとして育てられましたってわけ。

 ただミルクをあげたり、お世話するだけじゃあ赤ん坊は死んでしまうという。

 でもこいつはその愛情の飢えにすら適応しちまったんだろうな。


 俺は、ここに今日来る予定は正直なかったからなんの準備もしていない。

 だがなんの準備もいらない、この鉄格子も体に巻きつけられた鎖もこいつは自分でもう破壊できるほどの力を持っているんだからな。


 だから必要なものは一つしかない。

 俺はポケットにはいっていたスマホを取り出した。

 そして一つの動画を見つける。

 楽しそうな俺と両親、祖父母が楽しそうにパーティーをしている動画だ。

 なぜか涙ぐみそうになったがグッと堪えた。

 そのまま再生ボタンを押すと目の前のクソガキの高さに合わせて腕を固定する


「はぁはぁ、悪いがここは立ち入り禁止のはずなんだがね?」


 しわがれた声。

 振り返るとそこには初老の男が立っていた。

 真っ白な白髪にしっかりと刻まれた顔のシワ。

 というのに腰は全く曲がっておらずに高い身長がより高く感じる。

 息が切れているということは走ってここまで来たってことか。


「これはこれは、ドクター神楽坂。初めまして俺の名前は六条梨杏と申します。これからこのガキを開放いたしますので、そこので指くわえて見てろや糞爺!」


 そう言った直後動画の再生が終わったようで、ガキの赤い瞳から透明な液体がボロボロとこぼれだし。


「ぎゃああああああああああああああああああああああ!」


聞いたこともないような騒音で発狂した




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