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紅髪の魔女─レディ・ローズ─  作者: 智慧砂猫
紅髪の魔女レディ・ローズとプリンセス
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第7話「優しい気持ち」

 アンジェラとの歓談もそこそこに別れを告げ、買ったパンをかじりながらふたりはのんびり歩く。シャルルは少し不機嫌そうだがローズはまったく構う様子をみせない。いじわるだと言われたことに愉悦さえ感じていた。


「ふふっ。機嫌を直せよ、シャルル。パンは美味いだろう?」

「美味しいけど、ひどいよ。私のことをからかってばかり」


「いいじゃないか。お前と私は友人なのだから。それよりも……ぷっ、くく。〝ボク〟だと。たしかに少年として紹介はしたが、あれがイメージした男性像か。そのうえアンジェラに『がんばります』とは! ハハハ、いやあ、愉快だ!」


 こんなにも笑ったのは久しぶりだ、とローズはめずらしく大声だった。普段はひとりでいるし、誰に気兼ねすることもなく旅をしてきたので物静かでいる彼女でも、隣に誰かいることの面白さを感じたらしい。


 シャルルはやはり不服な目をしていたが。


「しかしまあなんだ。アンジェラにそう見えたように、しばらくは男として過ごすのも悪くないだろう。ウェイリッジも昼間は穏やかだが夜にはごろつきも目を覚ます。厄介ごとに巻き込まれる可能性が少しくらいは減るかもしれない」


 田舎町とはいえウェイリッジにもそういった事件(・・・・・・・)の話はある。誘拐、殺人、強盗。数は少なくてもたしかなことだ。人目にも付きにくく、特に観光に来た女性や子供の誘拐事件は件数として最多だ。臓器か、あるいは人身売買のどちらかだとローズが言うと、シャルルの顔色が冷やしたように蒼くなった。


「そんな怖い話しないでよ……! もしかして脅してる?」

「脅すもなにも真実さ。十年くらい前、私の知り合いもひとりいなくなった」


 さらりと言ったローズ。その横顔は寂しそうだった。


「悲しくなった? 友達、だったんでしょ?」

「ああ、多少。だが、その程度だ。涙は出なかったよ」


 ローズにとって、人がいなくなることは当たり前だ。病で、事故で、老衰で、殺人で。百年以上を過ごしてきた彼女には、生も死も、いつだってそこにあった。


 多くの人々と出会い、多くの人々と別れて、いつしか涙をこぼすことはなくなってしまった。なにもかもが当たり前になったから。


「もし涙を流すことがあるとしたら?」シャルルが尋ねる。


「私が涙を流すことがあるとしたら……か。そうさな──」


 ふと見上げる。陽が落ち、薄暗い空を大きな雲が流れていく。


「私が心底、恋焦がれるくらいの相手が傍からいなくなったとき……かな」


 そんな相手も、まだ現れることはないとしてローズはからから笑う。シャルルは唇を引き結ぶ。やがて意を決したようにローズの温かい手をそっと握って「じ、じゃあ、私……ボクが、その相手になれるかな?」と緊張の面持ちで言った。


 きょとんとした。まさかそんな突拍子もない言葉が飛んでくるとはローズも思っていない。目を丸くして彼女を数秒見つめたあと、仄かに口端を持ち上げて。


「お前の努力次第さ、シャルル」そう優しく答える。


 それきりふたりはとくに会話もなく、吐いた息の白さを確かめながら胸の内に秘めた仄かな期待を抱えて、宿までの道のりを歩いた。


 辿り着いた宿は少し大きく、一階は酒場も兼ねているため賑わいがある。働いて疲れた人々の癒しの場だ。ローズは自分にはないものがあると、その鈍色の華やかさを求めてよく訪れている。そのおかげか、顔見知りも多い。


 入っていくなり「おお、見ろ! 紅髪の魔女が来た!」とひとりが騒げば、こぞって彼女の傍へとやってくるのだ。


「ほらほら、ローズ嬢が困ってんじゃないか。どけったらどけ!」


 店主の男が客たちを押し退けて追い払う。さしものローズも遠慮のない客たちにぐいぐい来られては、どうする術もなくたじたじだ。ホッとして店主に礼を言う。


「助かったよ、デニス。忙しかっただろうに」

「なあに、いつものことだよ! で、泊ってくのかい?」

「ああ。二泊ほどする予定だ。部屋の鍵はあるか」


 デニスはすぐに受付にいる女性にローズの鍵を持ってこさせる。


「ほれ、好きなだけ泊ってけ。あんたの部屋はいつだって空いてるぜ」

「ありがとう。それから食事の用意を頼めるか、金は用意してる」


 紐で手に提げた革袋から銀貨を取り出して指で弾く。デニスがしっかりと受け取り「多いくらいだよ。すぐに準備するから、あとで降りてきな!」と厨房のスタッフ数名に声を掛けて準備を急がせた。


 そのあいだにローズはシャルルの手を引いて二階へと上がる。


「私が何年も借り切ってる部屋があるんだ、荷物を置いたら食事にしよう」

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