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紅髪の魔女─レディ・ローズ─  作者: 智慧砂猫
紅髪の魔女レディ・ローズと炭鉱の令嬢

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第21話「ひとりは退屈」

────目を覚ましたのは夜。外がすっかり真っ暗になった頃だ。


 ひとり宿の部屋のなか、寝ぼけた目をこすってシャルルのすがたを探してから、彼女が今はジャファル・ハシムへ馬車を走らせていることを思い出してがっかりする。


(思ったより退屈な寝覚めだ……はやく帰ってきたらいいのに)


 灯りをつけようと体を起こし、窓から差し込む月明かりに伸びた何かの影を見る。


「ん、手紙か。ずいぶん深く眠ってたみたいだな」


 ヴェルディブルグの女王、マリアンヌ宛に遣いとして出したフクロウがいつのまにやら戻ってきて、彼女に手紙を残して去っていったらしい。内容は大したことはなく、彼女が報告したミランドラの現状について、これから会議を重ねるとのことだった。


「これでひとつ仕事は済んだか。あとはゾーイの件だけだが……」

「さっそくで申し訳ないのですが、例の男に動きがありました」


 気配もなく現れたシトリンに驚く様子もなく「それで今どこに?」と尋ねる。


「ミランドラ中心部にある安宿です。武器や毒などいろいろと仕入れたようです。こちらの忠告におびえながらも、やはり聞き入れるつもりは無いかと。殺しますか?」


「私が好まないのを知っていて質問するのをやめろ」


 重く圧し掛かるようなローズの声色はめずらしく、シトリンはびくっとした。


「……出過ぎた真似でした。ではどのように」

「実行に移すようなら捕まえておけ。それで十分だ」


 絶対にシャルルが交渉を成立させるか、信頼はあっても確証はない。もしもうまくいかなかったとしても、キースの存在はディロイ・カスパールを相手にしたときの切り札にできる。しらを切ったとしても魔女には〝真実以外を口にできないようにする〟など容易い。かつてシャルルを連れ、ウェイリッジでの誘拐や人身売買などプリルヴィッツ家の悪事を暴いた際の手法と同じだ。


「カスパール家の人間は警戒心が強く、冷酷で頭もキレるのでしょう。事が終わっても裏切らない保証はないのでは? 隙を見て始末すれば、代役を立ててゾーイを始末しようとする可能性は高いかと……おっと、失礼。喋りすぎました」


「いや、言っていること自体は正しいさ。その通りだ」


 手紙を机に放りだして、空にのぼる月を見つめて目を細める。


「……いちど請け負ったなら最後まで責任は持つ。ジャファル・ハシムの下らない悪習がために、ディロイごときにあの純粋さ(ゾーイ)をくれてやるのはもったいない」


 シトリンは彼女の背に深く頭を下げ、うっすらと笑んだ。


「同胞のためを想っていただけるのであれば、私も手を貸さないわけにはまいりません。たかが賢いだけ(・・)の人間に手出しはさせませんので、ご安心を」


 部屋の灯りが一瞬、消える。再び明るくなったとき、彼女のすがたは消えた。


「なんだ、対価は要らないのか?……ん、いや、既に受け取ったあとか(・・・・・・・・・・)


 もらったはずのゾーイの手作りクッキーが見当たらない。フフッ、と笑い声がこぼれる。と同時に、ぐうぅ、とお腹が鳴り響く。


「さすがに寝すぎたかもな」


 シャルルがいっしょではないことに退屈そうな顔をしながら部屋を出て、一階へ下りる。めずらしくカウンター席に座ってうとうとしているジャネットを見て、自然と足は猫のようにゆっくり静かなものになった。


(なにか作ってもらおうと思ったが、疲れているみたいだな)


 音を立てないよう、扉を開けるときも細心の注意を払って宿を出た。夜のミランドラは低所得者の酒飲みたちがうろつき、炭鉱夫たちが疲れた顔で家へと帰る頃だ。


「これはローズ様。どちらへ向かわれるんですか?」


 声を掛けたのは、向かいからやってきたペトラだ。傍にはブリンクマン家で見かけたメイドがいて、ふたりとも果物やたまごの入った、木の蔓で編んだかごを提げている。


「いや、なに。ブリンクマンの屋敷に行こうかと思ったところだが……お前たちはどこへ行くつもりなんだ、こんな時間に食料なんぞ持って」


 ペトラが頬を掻いて、少し恥ずかしそうにした。


「ジャネットさんに頼まれていたものなんですが届けるのを忘れていまして。夜にひとりで出歩かないほうが良いから、とソフィアさんが」


 なるほど、と頷く。果物もたまごもケーキを焼くのに使うつもりだったのだろう。夜にかならず良い香りをさせていたので、ジャネットはペトラを待っているうちに、疲れて眠ってしまったに違いない。ローズは少し考えてから。


「ジャネットは今、眠っている。私が音を出ないようにしてやるから、荷物だけ届けたらいっしょにブリンクマンの屋敷に行こう」

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