第11話「カスパール家の隠し事」
屋敷に入ってから、応接室にローズたちを通したフレデリクの表情は浮かないものだった。「彼女のことは誰から?」と不安の溶けた声をしていた。
ゾーイを匿っているのがブリンクマン家となれば、ジャファル・ハシムからの評価は大きく下がるだろう。橋渡し役には不適格。そのうえヴェルディブルグそのものに対する信用度にも影響があるのは自明で、彼にとっては頭を抱えたくなる事態だ。
「守ってやってほしいと依頼があってね。お前が拾ってきたと聞いている」
「……少し待ってくれ。ソフィア、すこし席を外してくれないか」
普段と違う深刻さを抱えた言葉に彼女は頷き、静かに部屋をあとにした。
「フ、できる女だろう? お前には少し勿体なかったかな」
「いじめないでくれよ。彼女には心配を掛けたくなかったんだ」
「炭鉱の連中は、そんなことなど知りもせずに連れまわしていたようだが」
ゾーイの隠匿について炭鉱の労働者が情に流されて本質を見失っているとローズがつつく。彼は手で顔を覆って、ひどくがっかりした様子だった。
「あいつら……。だからカスパールに気付かれたのか」
「ま、それ自体は私も関わるからどうとでもなる。油断なければの話ではあるが」
ほどなくメイドが運んできた紅茶を飲みながら、クッキーをかじり、ローズは話す。
「依頼はペトラが持ってきた。やつは何も話していないが、お前がゾーイを拾ってきたのは炭鉱の連中から聞いてる。……が、分からないのは〝どこで拾ってきたか〟だ。カスパールが忌み子を捨てるとしたら、ひと目に触れない場所を選ぶに違いない。たとえば、そう、あれくらいの貴族になれば『狩り』なんかも嗜んでいるから、森のひとつやふたつくらい持っているはずだ。野生のキツネなら赤子くらい襲うこともあるだろう」
彼女の立てた仮説にすぎない。しかし魔女の推察というものは外れた試しがなく、フレデリクのわずかな表情の変化にもするどい。紅茶をまたひとくち飲んで、にやつきながらローズは「ペトラはカスパール家の人間だ」とはっきり言った。
「……どうしてそこまで分かる? 彼女はただの使用人かも」
フレデリクの返答に彼女は首を横に振った。
「ディロイは用心深く、そして臆病とも言える。誰かに始末を任せれば口を滑らせないとも限らない。ましてや忌み子だ、使用人のように口の軽い連中に知られるのは嫌うだろう。大貴族という立場上、絶対に隠蔽しなくてはならない事実で、最も信頼に足るのは飢えた獣。彼らなら理由を聞いてくることもないし、口を滑らせる心配もない」
ローズはディロイ・カスパールがジャファル・ハシム内での忌み子のうわさが広まるのを恐れて、みずからゾーイを連れ出したと考えた。私有地内であればどこで何をしていようが誰も怪しまないし、立ち寄ることもない。獣に食わせでもしてしまえば多少は形が残っていたとしてもいずれ腐って風化していく。
誰に気付かれることもなく事実を始末できる手段。もし誰かに子供はどうしたのかと聞かれても、流産したと言えば夫妻を哀れむ声が響くだけだ。それもディロイには注目を集めるに都合がいい。
「もともとジャファル・ハシム内でカスパール家は民からの信頼も厚い。王家との繋がりを強めるにはまたとない機会にもなるだろう。ま、上手く行かなかったみたいだがね。死体のひとつ確かめようとして、忽然とすがたを消していたら。獣が持ち運んだ形跡もなかったとしたら……それはもう気が気じゃなかったかもな」
誰かが秘密を握っているかもしれない。なのに当事者はゾーイと共に雲隠れをしたまま出てくる気配はなく、ディロイは血眼になって探した。毎日が不安に押しつぶされそうだったなかで、まさかヴェルディブルグ領内で十四年も経ってから見つかるとは思ってもいなかったはずだ。まさに神からの啓示と受け取ったことだろう。
はやいうちに始末して不安を取り除きたい。カスパール家の地位と名誉を守るためなら、それくらいのことは平気でやるのが当主であるディロイだとローズは語った。
「ではいったい、どこの誰がどうやってゾーイを救うに至ったか……なんとなく察しはつく。ディロイと同じく私有地を歩いても不審がられたりせず、ましてや協力を仰ぐためにブリンクマン家とも接触が難しくない人物──ペトラはゾーイの母親だ。違うか?」