第4話「違和感」
悪魔の子。聞き慣れない言葉にシャルルが首を傾げた。
「えっと……その〝悪魔の子〟ってどういう意味?」
「文字通りの意味だ。あちらの国では有名な話さ」
ローズが語ったのは、ジャファル・ハシムに伝わる悪しき逸話について、だ。
「昔、ひとのすがたをした悪魔がやってきて、子供をひとりさらった。その子は悪魔として育てられ、再び現れたとき災いをもたらした。……なんて、おとぎ話みたいなものがね。その特徴が白い髪に紅い瞳なんだとか。私も詳しくは知らないが」
ゾーイという少女の特徴から考えて、不吉の象徴とされていることは間違いない。
「カスパール家がゾーイとかいう娘を狙う理由は、家名を守るためだろう。最初は捨て置けば赤子なら獣のエサにでもなるか、あるいは砂漠地帯だ、一日と経たないうちに死ぬはずだったのが、どこからか生き延びたのを聞きつけた……と。そうだな、ペトラ?」
彼女は深く頷く。どんよりとした雰囲気にローズは顔を手で覆う。
「やれやれ、ろくでもない仕事を持ってきてくれたものだ」
「それで、ローズはどうするの。やっぱり断る?」
「……お前も、やっぱりマリアンヌの血を継いでるな」
期待の眼差しを向けられている。ここで断っても、シャルルは関わるつもりだ。そうすることでローズが受けざるを得ないのを、彼女はよく知っているから。
「ああ、もう。わかったわかった、やるよ。やればいいんだろ」
大貴族の名に傷がつくのを恐れて秘密裏に動くカスパール家を相手取るのは、なかなかに厳しい。人身売買を行っていたプリルヴィッツ家の当主、クリストハルトとはわけが違う。たかだか契約書一枚で御しきれるほどの愚か者ではないのだ。
「あの、報酬はいかほどお支払いしたらよいのでしょう?」
「知らん。事と次第によっては相応の報酬をもらうつもりではあるが……」
メイドが大金を持っているわけもなく、ゾーイも捨て子だ。炭鉱で働いている稼ぎで賄えるとは期待していない。おそらくは慈善的な結末を迎えると知りながら。
「後払いで結構。ただし、さすがに何かあって責任を取れるものではないからな。なんらかの理由で死なれた場合、お前がいっさいの主張をしないことが条件だ」
魔女に失敗などありえない。それだけの自信はある。たとえ相手がカスパール家だろうと自分の優位を疑わない。決して驕りなどではなく、事実そうだ。しかし〝絶対〟は存在しない。不測の事態とは常々起きるもので、万が一に備えた契約を交わして、痛い目に遭うことだけは避けようとした。
ペトラはそれでも納得した。駄目で元々。だが魔女であれば希望はある、と。
「お願いします。私は逸話など信じておりません。彼女には幸せになってもらいたいのです。だれの邪魔も入らないような普通の生活を……」
哀れな少女を思いやる心にシャルルは感動したのか、目に涙を浮かべて同意の頷きを繰り返す。いっぽうで、ローズはなにか奇妙な違和感を覚えていた。
(あえて聞くまいが。たかだかメイド風情が、捨てられたというだけで小娘ひとりに命を賭けるのか? この女、何かまだ隠していることがありそうだな。今は聞いたところで素直に答えてくれるような雰囲気もない、か……仕方ない)
細かな事情よりも受けた以上はやるべきことをしなくてはならない。優先順位を頭のなかで丁寧に揃えてから、彼女は今度こそ席を立つ。
「どうせ炭鉱には用事があって足を運ぶつもりだったんだ。ついでにゾーイとやらに会いに行くにも都合がいい。ペトラ、お前もついてこい」




