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紅髪の魔女─レディ・ローズ─  作者: 智慧砂猫
紅髪の魔女レディ・ローズとプリンセス
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第4話「共に良い旅を」

 それからふたりはマリアンヌから「気を付けてね」と前払いの報酬を受け取り、用意された馬車へと乗って、来たときと同じ御者の男が操る馬車で駅を目指した。


 遠く離れていく城を振り返って、シャルロットが寂し気な顔をする。


「なんだ。もう帰りたくなったか?」


 にやついて茶化すローズに向かって首を横に振った。帰りたいわけではないが、寂しい気持ちも当然あった。まだ若く、親の愛情も受けていい年頃の少女が、しばらくは会えない寂しさを感じるのは、誰に咎められることでもない。


「今まで城からまともに出たことがなかったから、こんなにも不安な気持ちになるんだなって思いまして……アハハ、ちょっと臆病でしょうか?」


「まさか。旅の最初は誰でもホームシックになるものだとも」

「じゃあ、魔女様もそうだったんですか?」


 ローズが肯定すると、シャルロットがとても意外そうにした。今見た限りでも落ち着きはらっていて余裕のある佇まいがある魔女にも、不安に挫けそうな時期があるとは信じられなかったのだろう。彼女はくっくっ、と可笑しそうに。


「魔女は人間じゃないとでも思われていたかな」

「あ、いや、そういうわけじゃ……ごめんなさい」


 しゅんとしたシャルロットに落ち込む必要はないとローズは励ます。


 駅の近くまでやってきて、彼女は「ここまででいい」と御者の男に馬車を停めさせ、シャルロットを連れてさっさと降りると預けていた本を受け取った。そして向かったのは駅ではなく、少し古ぼけた外観の服屋だ。


「アダム。アダム・ルーキンスはいるか?」


 店の扉を開き、ベルが響くよりも大きな声でローズが呼びかけると、奥から老齢の男が目を細めてやってくる。ローズを見て、彼は自然と頬を緩ませた。


「おお、これはフロールマンさん。昔からお変わりなく」

「お前はしばらく見ないうちに、いささか老けたらしいな」


 アダムが当たり前だと可笑しそうにした。ふたりは四十年来の友人であり、稀にローズが訪れては何かしらの服を買っていく。ここ最近は彼女が遠出していたのもあって、顔を合わせてはいなかったので彼も少し嬉しそうだ。


「それで今日は、なにか買っていかれますか。大した服は置いてませんが」

「ああ、別に質の良いモノでなくていい。私の連れに似合いそうなものを頼む」


 シャルロットの外見はまだ魔法に掛かったままだ。本来の彼女を見たことがある町の住人のアダムでも、さすがに髪と瞳の色が違えばまったく気づく気配はない。いいですよ、と快諾して、あちこちにある服を漁り、いくつかを提示してみせた。


「いかがでしょう。可愛いお顔をしてらっしゃいますから、旅行でしたら少し着飾ってみるのもありですし、動きやすいほうがと言うのであれば、男性的な衣装など」


 ローズが肘でシャルロットを小突く。お前の服だぞ、とそれとなく伝えられたシャルロットは挙動不審ながらも少し考えて「こっちがいいです」と男装を選ぶ。日頃から、おしゃれな服を着させられていたのもあってか、彼女の興味が向いたようだ。


「決まりだな。ではアダム、更衣室を貸してやってくれるか」

「ええ、もちろん。こちらへどうぞ」


 案内されるがままに付いていくシャルロットを横目に、ローズも店内の服や帽子を物色して時間を潰す。ほどなく着替えて戻ってきたとき、開口一番は「似合うな」だった。先ほどまでは使用人の服を借りていた姫が、今度はまるきり庶民らしい恰好をした。まっさらなシャツにスラックスをブレイシーズで吊っている。帽子はキャスケットを被っていて、もし髪が短ければ誰もが少年だと感じる外見だ。


「いやはや、サイズが合うか心配でしたが問題なかったようですね」


 アダムは孫に服を着せるかのような楽しさに、うんうんと頷いて笑顔をみせる。ローズも彼の仕事ぶりに満足いったようで、シャルロットを連れてそろそろ店を出ようかと銀貨を幾枚か取り出して彼に渡した。


「そんな。少しばかり多いですよ、フロールマンさん」

「なに、また来るさ。それで問題ないだろう?」

「私が死んでいなければね。お待ちしてますよ」


 使用人の服はアダムに処分を任せて、店を出たあと、今度こそふたりは駅へと向かった。ちょうどそこへ列車がやってきて、さっそく乗り込んだ。席はそこそこ空いていて、四人掛けの席に向かい合うように座って、やっとひと息だ。


「出発までしばらく掛かりそうだな……よし、シャルロット。今からお前に私と旅をするうえで守ってほしいことを話しておくから、よく聞いておけよ」


 うきうきしていた表情が、ぱっと緊張の色に変わる。シャルロットは姿勢を正して、手を膝の上に置いて「はいっ」と元気よく返事をした。ローズの提案は守ってほしいというよりは必要なことだ。彼女は人差し指をぴんと立てる。


「ひとつ。旅の間は〝ヴェルディブルグ〟を名乗らないこと。どうせ名乗ったところで誰が信じるわけもないだろうが、鼻で笑われて恥をかくのはお前だけじゃない。今日からはシャルル・ヴィンヤードと名を変えてもらう。構わないな?」


 シャルロット改めシャルルが頷き、「わかりました、シャルル・ヴィンヤードですね!」とはっきり口にした。ローズはそのまま続け、中指をゆっくり伸ばして。


「では、ふたつ。これからの旅で私に敬語は使わず友人として過ごせ。それと、私を呼ぶときもローズと呼び捨てで構わない。せっかくの長旅だ、仲良くやろう。……マリアンヌは間違っていると騒ぐかもしれんがね」


 上下関係をつくってギクシャクした旅にしてしまうのは、重い荷物を背負ったまま歩くのと同じで疲れるだけ。かごの外にようやく出られたのなら、少しくらい楽しんだって損はない。ローズのそんな気遣いは優しい微笑みとなり、シャルルは頬を紅くした。


「あ、ありがとうございます……じゃなかった。ありがとう、ローズ」

「それでいい。これからよろしく頼む、シャルル。共に良い旅を」

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