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紅髪の魔女─レディ・ローズ─  作者: 智慧砂猫
紅髪の魔女レディ・ローズとプリンセス

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第44話「譲れない想い」

 十分ほど経った頃、マリアンヌが戻ってきた。扉を開けて目に飛び込んできたのは、帽子を丁寧にかぶりなおすシャルロットのすがただ。


「……なにをやっているの、シャルロット」


 目をぱちくりとさせて困惑する。問われたシャルルはニッコリと笑って。


「申し訳ありません、お母様。私にはまだやることがあります」


 これまでマリアンヌの影に隠れて何もかもを受け入れるだけだったシャルル。だが今の彼女は実に堂々としていて、何者をも恐れない強さを瞳に宿している。


「あなた、自分が何を言っているのか理解しているの?」


 鋭い視線がシャルルを射抜くように見つめた。


「わかっています。私はローズを探しに──」

「だめよ、許可しないわ。馬鹿げたことを言わないで」


 シャルルの言葉を噛み千切るようにマリアンヌが遮る。だが、まったく怯みもせずに彼女は歩き出し、かつては受け入れるだけだった自分を越えて、母親の前に立った。


「行きます。たとえあなたの許可がなくとも」


「二度も言わせる気? はやく部屋に戻って、そのみすぼらしい服を脱ぎなさい。たしかにあなたは以前よりも立派に思えるけれど、立場を忘れてしまったのかしら。あなたはヴェルディブルグの王女だと弁えなさい、シャルロット」


 シャルルは懐中時計を強く握りしめた。手にあとが残るくらい強く。


「身分を剥がせば、だれもが同じ人間です。ただひとりの友人を想い、そのすがたを探すことさえ許されないのが王族や貴族の立場だと言うのなら、そんなものは要らない。私の──いいえ。ボクの邪魔をしないでください、お母様」


 来た道を引き返していく。振り返りはしない。マリアンヌの言葉は決して鋭利な刃物ではない。傷つくことはあっても、それが今、死を招くものでないことを彼女は知っている。「彼女を捕えなさい」と非情な宣告が背に浴びせられたとき、彼女は握りしめていた懐中時計を見つめる。


 直感的に理解した、ローズのくれた贈り物のひとつ。


 兵士たちの動きが止まり、シャルルは懐中時計を開いたまま。


「あなたは何も知らない。この一ヶ月で、どれだけ彼女がボクに尽くしてくれたのか。プリルヴィッツ伯爵の件で、少しは理解もあると思ったのが間違いだったのかな」


 振り返ってシャルルは悲しそうに笑った。


「ごめんね。でも、このわがままだけは譲れないんだ」


 返す言葉も失って黙っているマリアンヌに構わずシャルルは立ち去った。もう誰も彼女を止めることはなく、厩舎までやってきて懐中時計を閉じた。


 さきほど御者をしていた男は、まだ馬のそばにいてねぎらいの言葉を掛けている。彼はシャルルに気付いて、目を丸くしながら「なにかございましたか?」と尋ねた。よもや粗相があったのではないかと不安に思ったらしいが、彼女は優しい声で言った。


「馬を借してもらえませんか。どうしても行かねばならない場所があるのです」

「ええ、私は構いませんが……本当によろしいのですか?」

「もちろん。なにかあっても私があなたを守ると誓いましょう」


 男はしばし悩んだが、彼女の真剣な眼差しに仕方なく頷いて返す。


「わかりました。理由はお聞きしません、どうかお気を付けて」


 馬具を身に着けさせて、シャルルは男に手伝ってもらいながら跨る。幸いにも乗馬を習っていたのもあってか、手綱を握るすがたは様になっていた。


「そうだ、あなたの名前を聞かせてもらっても?」

「あ、はあ。私はアルフレドと申しますが」

「……ありがとう、アルフレド。この礼は必ず!」


 馬が駆け出す。彼女を運んで目指す先はヴェルディブルグの駅だ。


 冷たい風にぶつかりながら、列車が出ていないのを祈った。


(どうか……どうか間に合って。何も言えないままは嫌なんだ!)


 月明かりが道を照らす。見知った景色など目にも入らず、ひたすらに町中を駆け抜けた。心臓が握りつぶされそうな緊張と不安に耐えながら、気付けば駅の前だ。どれほど時間が経ったのかも感覚でさえ分からない。


 だが奇跡的に、列車はまだそこにあった。


 馬から飛び降りて、こけそうになりながらも体勢を立て直す。


 足は素直に駅のなかにあるベンチへ向かう。


「何をしに戻ってきた。私にまだ何か用でもあるのか?」


 その後ろすがたは振り返ろうとしない。紅い髪が風に揺れていた。本を読んでいるのだろう、手が動き、かすかに紙の擦れる音が聞こえた。


 間違いない、ローズだ。まだ駅にいて、列車が出発する時間を待っていた。感情が爆発しそうになるのを抑え、シャルルは胸に提げた懐中時計を握りしめる。


「どうして何も言わずに行こうとしたの」


 声が震えた。ローズはやはり振り返らず、そのまま本のページをめくって。


「……契約は果たした。必要以上に付き合ってやる理由はない」


 ばふっ、と本が思いきり閉じられた。彼女はベンチから立ち上がり、本を後ろ手に抱えて彼女に向き直る。いつものような優しさのある笑みはなく、真剣な顔をした。


「さっさと帰れ。お前のような小娘の相手をするなんぞ時間の無駄だ」

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