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紅髪の魔女─レディ・ローズ─  作者: 智慧砂猫
紅髪の魔女レディ・ローズとプリンセス
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第42話「あとは自分で」

 気持ちを切り替えて冷静になり、数時間も経てばヴェルディブルグまで帰ってくる。日も暮れているが、それでもまだ賑やかさが闊歩していた。


 ウェイリッジと比べれば空気がきれいだとは言えないが、慣れ親しんだ香りというものがあった。


 列車から降りて、ローズはすぐに時間を確認する。


「もう夜だな。今頃は夕食時か。なら、まずは連絡を入れておこう」

「連絡って今から? どうやって帰ってきたことを伝えるの?」

「まあ見ていろ。どの町に行っても必ず会える連中がいる」


 すっと腕を伸ばす。すると、どこからともなく羽ばたいてカラスがやってきた。ローズの腕を止まり木に軽く毛繕いをしてから顔を上げて。


『こんばんは、ローズ。何か御用かな?』


 シャルルが目を見開いて固まってしまう。間違いなくカラスが喋ったのだ。


「城へ行ってシャルロットが帰ってきたと伝えて来てくれるか。念のため聞いておくが、マリアンヌがどんな人物かは知っているな?」


 カラスが『があ』と、ひと鳴きしてから答えた。


『構わないとも。あの城を持ってるのは彼らだが、我々の住まいと言っても過言ではない。ローズの頼みならすぐにでも……ああ、しかし喋っていいのかな?』


 動物がひとの言葉を介するのは、やはり異常なことではある。ローズは「私の名を出せばいい」と言った。魔女の仕業なら誰でも納得するだろう、と。


『よろしい、承った。では伝えてきてあげよう。話すべきことは?』


 ローズは少し考える。エミリの件は口をつぐんでおかなくてはならないし、シャルルが正門から堂々と帰るのもいささか問題だろう。


「すぐに駅まで遣いの者を寄越せ、と。ただし、私のときみたく派手な馬車で迎えに来ないようにな。あとはシャルルが決めることだ」


 ローズから受け取った伝言を頭に入れて、カラスは暗闇広がる大空を飛んだ。城へ向かっていくのを見届けて、近くのベンチにふたり並んで腰かける。


「久しぶりに城へ帰る気分はどうだ、シャルル」

「え? うん、なんだろう……変な感じ」


 ずっと帰ってきていなかった町は故郷のはずなのに、シャルルにとっては少しだけ違和感を抱くものになっていた。今までは当然のように暮らしてきた城が、これほどにまで馴染んでこないものなのか、と。


「ボク、あんな場所に住んでたんだね。きれいなドレスを着て、毎日のように贅沢をしてた。なのに、なんでかな。ちっとも楽しかった思い出が出てこないんだ」


 ひとつくらいは。そう思ったりしても、城での生活はいつだって誰かの視線や態度を気にしてばかりで、小さいときから何も変わらないまま。退屈な生活のなかで心を許して話せたのは、ながく彼女の世話を続けてきたエミリくらいなものだった。


 ローズはそれに何を言うでもなく、ただ隣に座っているだけだ。やがて迎えの馬車がやってきて、初めて「来たぞ」と口を開いた。


「お迎えに上がりました、シャルロット様。小さな馬車ですが……」


 御者の男が頭を深く下げる。シャルロットはコホンと咳払いをして。


「私にはこれでじゅうぶんです。迎えに来てくれて、どうもありがとう。顔を上げて。あなたのことも覚えておかなくちゃいけないでしょう?」


 以前のような無邪気だった王女はいない。柔和な顔立ちは変わらないが、そこには以前にも増して穏やかな感情を宿した瞳と凛々しく成長した姿勢があった。


「あ、ありがとうございます、身に余る光栄です。さあさ、乗ってくださいませ。女王陛下が首を長くしてお待ちになっておりますので」


 促されてシャルルは馬車に乗り込んだ。隣にはローズが座っている。御者の男が手綱をしならせ、馬が嘶いて走り出す。ウェイリッジとは違う喧騒のある街並みを走り抜け、マリアンヌの待つ城を目指した。


「ねえ、ローズ。ボクね、ずっと言いたかったことがあるんだ。わがままだから聞いてもらえるかどうか分からないけど……ずっといっしょに旅をしていてね。あなたも魔女というだけで普通の優しいひとだったことを知ったんだ。それでね、本音を言うと、その、とても惹かれたんだよ。だから、あの、断られるかもしれないけど」


 となりを見て、シャルルは恥ずかしそうにしながらも意を決して。


「これからもボクといっしょに──あ、れ……ローズ?」


 彼女のとなりには誰も座っていない。ただ、ふわりと紫色の煙が舞った。

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