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紅髪の魔女─レディ・ローズ─  作者: 智慧砂猫
紅髪の魔女レディ・ローズとプリンセス
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第40話「どうしても帰りたい」

────ミリアムの森で過ごすようになってからしばらくが経つ。慣れない肉体労働に体を痛めたりすることもありつつ、平穏な時間が流れていった。


「ローズ、実は相談があるんだけど……」


 川でふたり並んで釣りをしながら、シャルルはもどかしい気持ち落ち着くことができずに話を切りだした。


「ん。なんだ、かしこまるほどの話か?」


 ぴちゃん、と魚が跳ねるのを見ながらローズが聞き返す。手にもった糸が揺れるのを感じると引っ張って回収した。


 先には魚がいっぴき、針に喰らいついている。


「まだ旅をするようになって一ヶ月くらいしか経ってないけど、実はどうしてもヴェルディブルグに帰りたいと思っているんだ。だめかな……?」


「エミリのことがずっと気になっているんだろう。別に構わないとも」


 あみかごのなかに釣った魚を放り込みながら彼女は答えた。


「私の契約はあくまでお前を社会見学に連れまわすことだ。マリアンヌの要望通り、ただの世間知らずでなくなったのならば文句はあるまい」


 ウェイリッジでの出会いや事件、森でしてきた生活は、彼女に王族としてではなく、ひとりの人間としての成長を促した。


 ローズはまだ連れ回しても良いと思ったが、エミリの件が絡んでいるのなら、早くに切り上げてしまうのも仕方ないと納得する。


「たしかにエミリが次の手を打たないとも限らないし、真実が運悪く明るみになってしまえば本物の首が飛びかねない。わざわざ自分を殺そうとした相手を助けるだけの理由がお前のなかにあるのなら、会いに行かない道理はないかもな」


 あみかごを持って釣った魚の数をじゅうぶんに数え、ふたりは引き上げる。耳から遠ざかっていく川のせせらぎを余韻に聞きながら、ローズは話を続けた。


「エミリもきっと、お前に会えば何かが変わるはずだ。あれはたしかに極悪な行いに手を染めようとしたが、本質的には邪悪そのものじゃない」


「……うん。ありがとう、いつもボクの背中を押してくれて」


 ローズはいつもシャルルに向けて優しい言葉を掛けてきた。ときどき厳しい言い方をしても、彼女のためになったことは多い。


 ずっと変わらない温かさがあった。


「ボクね。本当にうれしかったんだ。あの魔女様と旅ができると思ったときは浮かれた気持ちだった。でも、一緒に過ごせば過ごすほどボクの世界の狭さを知った。いろんなひとと出会って、いろんな言葉を聞いて、自分の未熟さにがっかりしたこともあった。たぶん今でもそうだ。自分が嫌いになりそうなくらい」


 俯く彼女にローズは言葉を繋げる。


「それくらい多くのことを知ることができた。そうだろう?」

「……だね! ローズの、みんなのおかげで!」


 似合わない暗い表情を吹っ飛ばして晴れやかな笑みを浮かべる。


 新しい経験が彼女のなかに蓄積されている。心優しいだけでなく考える力を得た彼女の強い足取りに、ローズは並んで歩けることを嬉しく思っていた。


 それと同時に少しだけ寂しくもあった。


「いい顔だ、シャルル。マリアンヌもきっと褒めてくれる」

「えへへ……だといいな。母様って、あまり褒めたりしないから」


 頬を掻いて照れるシャルルをひじで小突く。


「もっと自分を誇れ。お前は立派だよ、誰から見ても」


 伴侶もなく所帯じみた生活に興味もないローズでも、自分の娘がいたら、こんなふうに大切にするんだろうと感じた瞬間だった。


 家の前まで戻ってくると、ミリアムが馬に餌をやりながらふたりを待っていた。


「あっ、おかえり~。どうだった、釣果のほどは?」

「悪くない、まずまずの結果だ。……だが私たちには必要ない」


 ミリアムが怪訝な顔をする。「どうして?」と尋ねながら、彼女はすぐにふたりが真剣な顔をしているのに気付いて口を閉ざす。


「悪いな、ミリアム。シャルルを王都へ連れて戻ることになった」

「……そっか、それは残念。もう少しいっしょにいたかったけど」

「また会えるさ。カレアナ商会でもらった荷物はお前に預けておくよ」


 まだもうしばらくは旅をする予定があったので、馬車にはローズのためにと用意された食糧などが積まれたままになっている。ミリアムがふたりをウェイリッジの駅まで送り、そこで別れて馬車は預けたままにしようというのだ。


「わかった。預かっておくから、できるだけはやく来てよね」


 そうして早々と帰り支度を済ませ、ふたりは荷台に乗り込む。御者台ではミリアムが手綱を握り、再びウェイリッジへ向かうために、ゆっくりと馬車を進めた。

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