第3話「握手を交わして」
メイドは素朴で美しいとは違うが、顔立ちは整っている。そばかすさえ取り除いてしまえば、その見目麗しさはシャルロットのようになるだろう。ローズはそう思いながら彼女の顔に両手で触れて、優しく頬を撫でた。
「お前、名はなんという?」
「エ、エミリです。エミリ・オリアン」
触れられていることを恥ずかしそうに、視線を逸らしながらメイドは答えた。
「そうか、良い名だ。ではエミリ・オリアン。私の瞳を見つめて、よく話を聞け」
ローズの手が淡く紫色の輝きを放ち、彼女はエミリと目を合わせて。
「お前の行いは、王女から見れば実に正しく高貴に満ちているだろう。しかしいっぽうで、その人生はねじれ、狂い、壊れていくかもしれない。ただのメイドとして生きる道もある。それでもお前は影となって歩んでいく覚悟があるか?」
魔女の忠告は嘘偽りない。エミリは若く、これからの人生がどう変わっていくかはローズ・フロールマンといえど分からない。彼女はおどおどしながら「はい、あります」と答える。と、直後から様子を見ていたマリアンヌが「まあ」と声を上げた。
用意させた手鏡を渡して、そばかすがきれいさっぱり消えたのを確かめる。触れてみれば、その肌艶の良さにも気付き、エミリの喜びに包まれた笑顔が映った。
「よし、これでいいな。女王陛下、さっそく着替えさせておけ。それからディオネス、お前はすぐにシャルロットを連れてこい。仕事に取り掛かるための最後の仕上げだ」
「ええ、わかりました。しばしのお待ちを」
そそくさと部屋を出たディオネスの足音が遠くなる。事情を聴いている家政婦長とメイド長が呼び出されると衛兵と共に別室へエミリを連れて行き、謁見の間はマリアンヌとローズのふたりだけとなった。
「女王陛下。あなたにもひとつ忠告をしておかなくてはなるまい」
「あら、何かしら。魔女様の忠告は間違ったことがないと聞くけれど、本当?」
「下らん。忠告は忠告に過ぎないさ、マリアンヌ」
ローズが小馬鹿にするように鼻を鳴らす。
「ただ、人間は簡単に手のひらを返すものだ。よく目を光らせておけよ」
王室の人間こそ最も理解していそうな忠告に、マリアンヌは司教にミサを教えるようなものだと思わず笑う。ローズの真意はそこになく、彼女は「雌牛に腹を突かれるのがお似合いだな」と聞こえないように悪態をついた。
それからほどなくしてディオネスは戻ってくる。連れてこられたシャルロットは状況が呑み込めず、再び魔女であるローズを見れたことを嬉しそうにした。
「魔女様! またお会いできるだなんて光──」
「シャルロット、もっと落ち着きを持ちなさい」
駆け寄ろうとしたシャルロットの足が止まり、びくっと体を跳ねさせた。途端にしゅんとして暗い顔をしてしまったので、ローズはいくらか哀れな視線を送った。
「大した問題じゃない。こっちへおいで、シャルロット」
ローズが呼ぶと、彼女はぱあっと顔を明るくして安堵した。ローズは魔女で、女王に対してさえ横柄な態度をとっても許される特異な存在だ。粗相があったのではないかと心配したらしいが、ローズほどそういった事に興味のない人物はいない。要は気に入るかどうかの問題で、少なくともシャルロットは枠組みのなかにいた。
「いいか、シャルロット。お前にはこれから、私といっしょに旅をしてもらう」
驚いたシャルロットは、しかし声には出さず頷いて真剣にローズの話を聞く。およそ世界というものを知らないまま、いつか国を担うことへの不安を想ったマリアンヌからの提案であることも包み隠さずに語り、そのうえで納得してもらわなくてはならない、と。
「そこで、お前の意思を聞きたい。私といっしょに旅をしてみたいと思うか?」
「……す、すごく……その、行きたいです! でも本当にいいのかな、私なんかが」
ぽふ、と彼女の頭に軽く手を置いてローズは微笑む。
「何も言わずについてこい。私の相棒が〝なんか〟では困るぞ?」
「は、はい……すみません。私も行きたいです!」
「素直でよろしい。そのほうがお前には似合う」
ディオネスらにみせていた不機嫌そうな表情とはまったく逆、吹き抜けた風のように爽快で穏やかな表情をしながらシャルロットを褒め、マリアンヌへと振り返り。
「依頼は〝紅髪の魔女〟ことローズ・フロールマンが承った!」
彼女の宣言と同時に、淡い紫の輝きがシャルロットをふわりと包む。その髪の色は白く染まり、瞳はあざやかないちご色をした。町を出るまでの一時的な魔法だ。時間が立てば元通りになるだろう、とローズは説明する。
「あとは服装だが、必要なモノは旅先で揃える。今は使用人の服でも着て、私の側仕えとして目立たないように行動させよう。では出発前に改めて自己紹介でもしておこうか、シャルロット。────私が世界にただひとりの魔女、ローズ・フロールマンだ」
力強く差し出された手を、少女はゆっくりと大切に触れるように握り返した。




