第38話「差し伸べられた手」
「お。なんか騒がしいと思ったら、なにこれ?」
倉庫の片付けから戻ってきたミリアムがローズの身の回りの世話をする男たちを見つけて面白がった。森には似つかわしくない武装は山のように重ねて厩舎の近くに全て捨てられていた。
「ちょっと馬鹿共の更生を手伝ってやったんだよ」
切り株に座るローズの肩を揉んでいる体格のいい男が、へらへらとしながら。
「本当にありがたい話ですよ! いやあ、楽しい!」
「わざとらしい言い方をするな、気持ち悪い」
「す、すみません……」
森で男たちの低い声が飛び交い、鳥たちの穏やかな囀りも離れていく。
「ねえ、こんなにたくさん泊めるほどの場所はないよ?」
「問題ない。ある程度仕事をくれてやっただけだ。すぐに帰るさ」
「ふーん。じゃあ、お茶くらいなら淹れてあげよっか」
気を使ったミリアムに男たちがぎょっとして慌てた。
「そんな、俺たちは別に要りませんよ! やりたくてやってるんです!」
「えー? じゃあなおさらだよ。ローズが怖いのかもだけど、遠慮しなくていいよ。アタシがやりたくてやるんだから」
そう言って家のなかに入ろうとする。待っていたシャルルが鍵を開けて様子をうかがい見た。すっかり変わった雰囲気にきょろきょろとして。
「あの、もう開けて大丈夫ですか? 気になっちゃって……」
「いいよいいよ。それより、お茶淹れるの手伝ってくれる?」
「えっ……と、あ、はい。わかりました!」
状況はよく呑み込めないが悪い事態ではなさそうだと感じたシャルルは元気に返事をする。男たちに向けて小さく会釈をしてから、ふたりは家の中に入って扉はぱたんと息を吐いて閉じた。
「シャルルは良い子だろう?」
肩が楽になったあとでギターを抱えて遊び始めるローズ。男たちにそんなことを問いかけると、彼らは気まずそうに俯いて「はい」と答えた。
「私が連れて歩くには理由がある。お前たちはどうだ、人を殺めるのにどんな理由がある? 家族を養うためか、それとも私腹を肥やすためか。どちらにせよ誰が笑って褒めてくれるんだ、そんな生き方をする人間を〝素晴らしい〟と」
強く咎めるわけでもなくローズはギターを弾きながら、ぽつぽつと話した。
「どれほど汚れたとしても血でだけは汚さないほうがいい。お前たちがどんな人生を歩んで来て、こんな仕事を受けようと思ったのかは分からないが……自ら道を踏み外してまで本当に得たいものなのかどうか考えなおせ。助けが必要なら叫べ。……もったいない生き方をすると死ぬまで後悔するぞ」
男たちは黙ったままだ。けれども想うところはあるらしく目に涙を浮かべている者もいる。男のひとりが身の上を語って彼女に尋ねる。
「俺には家族がいません。友人もいない。学もないし、働く場所もない。金にも困って明日食うメシすら買えない。なりふり構ってられないんですよ。だから仕事を受けました。大金が得られるから。……魔女様なら、そんな人間に手を差し伸べられますか?」
自己中心的な考え方でしか生きる糧が得られない。それほどにひっ迫している人間の暴力にも等しい感情論の訴えに『救ってやる』と言える人間はそういない。『もっとまともに生きろ』とか『悪いことばかりじゃない』と善人ぶった言葉の雨に打たれるばかりで、結局誰も彼を助けたりはしなかった。
「まともに生きようったって、ばかばかしくて……自分が努力してないところがあるってのも分かってます。でも、そんな陽の当たる場所を歩いてる人たちの言葉が信用できないんです。腹が立つんです。言うだけならタダって態度が」
ローズの指が弦から離れる。彼女はギターを弾くのをやめて言った。
「お前の名を教えてくれるか。それから得意なことは?」
「え……お、俺はマルクスです。得意なのは裁縫だけど──うわっ」
男に懐から一枚の銀貨を取り出して投げ渡す。
「では王都の〝リリーフ〟という服屋を尋ねろ。そこにアダム・ルーキンスという私の顔なじみがいる。結構な高齢になったが、残念なことに跡継ぎがいない」
驚くマルクスに彼女は優しく微笑みかける。
「まだ引き返せるだろう? 機会は掴んで離すな。お前なら出来るさ」




