第37話「予想通り」
冷酷さを秘めた優しさのある魔女の微笑に男はあっさりと口をひらく。
「シ、シャルロット王女です! 絶対に誰にも話すなと言われて!」
「なるほど? 大方、予想していたとおりだったというわけだな」
肩を竦める。マリアンヌに忠告したとおり──言われた当人は気付いてもいないだろうが──さっそく裏切ろうとした者が出たわけだ。
それもシャルロットの名を騙る誰か。彼らにとっては王女そのものであっても、ローズは気付いている。
(エミリ・オリアン。シャルロットの代役になった途端、刺客を差し向けるとは……なかなかに腹黒いヤツだ。さぞや城の生活が楽しいんだろう)
シャルルの代役として選ばれたメイド。ローズの手で見目麗しい、まさにシャルロット・ヴェルディブルグの生き写しとなった少女。
役職でいえばただのメイドに過ぎないが、今は王女という肩書のもと怪しまれないように変わらぬ生活を送っていることだろう。庶民が憧れる暮らしぶりは、さぞや身に沁みる喜びであったに違いない。
だからこそ不穏な感情を抱くには十分すぎた。もし旅先でシャルルが死んでしまえば、マリアンヌも忠臣であるディオネスたちも真実を隠蔽せざるを得なくなるだろう。こそこそと王女の外出を許して死亡させたとあっては各所からの非難は避けられない。あるいはこれまで積み上げてきた女系の王族としての地位も危ぶまれ、ヴェルディブルグの歴史が大きく動くことになる。
そうなったとき代役であるエミリがシャルロットの枠に収まるのは目に見えている。たとえば魔女が『彼女は殺されたのだ』と真実を口にしても〝シャルルを死なせた責任〟は誰が取るのか? と矛先がどこに向かうかは分かりきっている話だ。
下手人に口を割らせず暗殺してしまえば、エミリの人生はもっと華やかな世界を歩めるだろう。そういう黒い計画は簡単に想像がつく。
魔女でさえもダシに使おうとしたことをローズはひどくあきれた。
「馬鹿につける薬はないというが、まさにそれだな。……お前たちも受けるべき仕事はよく考えて選んだほうがいい。悪銭身に付かずと言ってな。人の命を奪って得たものなんぞ瞬きする間に消えてなくなってしまうぞ」
かちんと音を立てて懐中時計のふたを閉じれば、身動きの取れなかった男たちがいっせいに自由になり、へなへなと腰を抜かして地面にしりもちをついた。
恐怖から心臓を握りつぶされそうな感覚が、今も必死に鼓動を重ねている。だが、そこに解放されたというわずかな安堵が彼らの感情をゆすった。
「本当に申し訳ありません、魔女様の言う通りです……」
改心したのとはいささか違うかもしれないが、少なくとも彼らが『こんな仕事は二度とするまい』と誓ったのは事実だ。悪事を働こうとしたがために、数年分の寿命が糸くずみたいにいくらか千切れて縮んでしまったのを後悔していた。
のどの渇きも忘れるほどに、急いで彼らは森から引きあげようとする。これ以上、魔女を怒らせてはならないとビクつきながら。
「おい、待て。お前たち、まさか自分たちが何をしたか分かってないな?」
ローズが呼び止める。彼らは苦笑いを浮かべて命乞いをする目を向けた。
「そう怖がらなくていい、別に取って食ったりはしない。……ただ、お前たちのせいで私はずいぶんと疲れてしまったわけだ。なのに、ここへしばらく泊まるのに働かなくてはいけない。仕事は山積みなのにもかかわらず、お前たちのせいで」
彼女は薪割りの斧を彼らの足下へ放り投げた。
「私は寒いのが好きじゃないが、そのために薪を割るのもなかなか重労働でね。代わりにやってくれる人間がいてくれると助かるんだが、どう思う?」
彼女の問いかけに対する返答は、もはや決まっている。
「ぜ、ぜひやらせていただきます!」
男たちの活きの良い声が揃って返事をした。




