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紅髪の魔女─レディ・ローズ─  作者: 智慧砂猫
紅髪の魔女レディ・ローズとプリンセス

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第36話「脅しではない」

 ローズの言葉に草陰からがさがさと音を隠しもせずに姿を現したのは、どこにでもいそうな普通の恰好をした数人の男だ。気まずそうに「いやあ、さすが、魔女様にはかないません」と腰を低くして頭を掻いている。


 彼女は大きく舌打ちをして露骨に苛立った。


「そのうすら寒い笑い方をやめろ。用件だけ端的に言え、誰の差し金だ?(・・・・・・・)


 魔女を怒らせるとろくなことにならないというのは通説だ。男たちはわずかに動揺を顔に浮かべる。彼らの代表ともいうべき体格のいい男が、一歩前に出て「実は、とある方から依頼を受けてまして」と両の手を低めに広げ、敵意がないふうに示しながらいくらか歩み寄った。


「絶対に名を明かさぬよう指示があるんです。分かってくれませんか」


「分かりたくもない。言う気がないなら失せろ」


 彼女はなおも強気に出る。忖度をするつもりはなく、彼らが魔女に対して畏敬の念を持っていれば、簡単に立ち去ってくれると考えた。しかし男たちが引き下がる様子はない。ため息をつきながら手にした懐中時計をちらと見る。


「十秒だけくれてやる。もういちどだけ言う、すぐに失せろ」


 これが最後の警告だった。ローズは彼らがこれ以上のくだらない問答を繰り返すつもりであれば、相応の痛い目にあってもらうしかないと思っていた。


 ところが男たちはひそひそ話し合い、やはり体格のいい男が前に出る。


「わかりました、立ち去ることにいたします。我々も魔女様を敵に回すつもりはございませんので……たいへん無礼を働いてしまい申し訳ありません」


 その目を気取ったものだと感じたローズは、ひとまず頷いて返す。


「……ああ、構わない。賢明な判断だ、今回は見逃してやろう」


 傍で気丈なふりをしながら足をちいさく震わせているパートナーを案じて、肩を触れ合わせ、小声でシャルルに言った。


「私の傍から離れるなよ」


 男たちが背を向けて去っていく──ようにみせかけた。草陰に何人かが踏み込んだと同時に隠していたのだろう拳銃を拾い上げて、狙いをシャルルに定めて引き金を引こうとする。それを見てローズはにやりとした。


「馬鹿共が。だから後悔すると言ったのに、頭の悪いやつらだ」


 彼らは自分たちの身体がぴくりとも動かないことに焦燥を抱く。なんとか身動きをしようとしても、自らが彫刻にでもなり果てたかのごとく指先ひとつさえも自分の意思で動かすことができないでいる。


 かろうじて言葉を発することだけが許された。


「シャルル、家のなかに入って鍵をかけろ。お前が聞くべき話じゃない」


「え……で、でも、さっきローズがボクに関係あるって」


「お前も連中と同じように二度も言わせるつもりか?」


 ローズの強い言葉遣いと鋭い目つきに彼女はびくりと身体を跳ねさせる。次は叱られるですまないかもしれないと怯えて、仕方なく「わかった」と答えて家のなかへ入っていく。がちゃりと鍵のかかる音がきこえてローズは男たちに近寄った。


「さて、これで邪魔者はいなくなったな。少し私とお喋りでもしようか」


 転がっていた薪割り用の斧を手にスッと躊躇なく眼前の男の首へあてがう。


「私は無駄な問答がきらいだ。どんなに難問でも、おおよそは回答が用意されている。にもかかわらず出し惜しんで時間ばかりを浪費させられるのは虫唾が走るほどにな。馬鹿でもここまで言えばそろそろ分かるだろうが、〝誰の依頼でシャルルを始末しに来たのか〟だけを手短に答えろ。まだ首は繋げていたいだろ?」


 男がごくりとつばをのむ。しかし、まだ口を開こうとしない。魔女が人を殺すなど過去にいちどたりとも聞いたことがないので、それをはったりだと信じたのだろう。思ったよりも口の堅い男に、ローズは冷ややかな眼差しを向けた。


「どう考えているのか知らないが、たかが数人が世の中から消えても困るのはお前たちの身内だけだ。首がいらないなら私がもらってやろう」


 そうして斧を振り上げたとき、男は恐怖に負けた。依頼主から与えられる報酬と自分の命を天秤にかけ、あまりにも釣り合わないと感じて胃の中のものを吐き出すような勢いで「い、言います! 答えます!」と叫んだ。


 ぴたり。斧を下ろす手が止まる。


 首筋に触れた刃先が、うっすらと血を滲ませた。


「おっと。カタツムリよりノロマだったから危うく首を落とすところだった。──では教えてもらおうか。聞かなくても大体の見当はついているがな」

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