第31話「ミリアムの正体」
「必要なものがあるなら私たちの荷台にもいろいろとあるが」
「ノン! だめだめ。アタシがもてなしたいんだよ、分かる?」
きっぱり断られてローズは静かにコーヒーを飲む。
ミリアムはいちど決めたら絶対に譲らない。たとえ子供相手でも。
「ま、好きにしてくれ。泊めてもらう以上はそっちのルールに従うさ」
「相変わらず話の分かる子で助かっちゃう。……実のことを言うとクロヴィスさんに配達を頼むのを忘れてたから、それも伝えないといけなくてね」
森で自給自足の生活をしているミリアムでも、ときどきは楽をしたいこともある。幸いにも彼女の住む場所からウェイリッジまでは遠くないので、金銭さえ払えばカレアナ商会に食料品などの配達を頼めるわけだ。
しかし毎回のことではないため、逐一頼む必要があった。今回はそれを忘れてさっさと帰ってきてしまったので、客人をもてなすという理由でもなければ、またウェイリッジまで出るのは億劫だった。
ミリアムは〝良い口実になった〟と喜んでいるくらいだ。
「さあさ、そろそろ暗くなってきたけどお腹は空いてない?」
「私は結構だ。少し疲れたからゆっくり休みたい」
ずっと御者台で手綱を握り周囲へ気を張っていたローズは、シャルルと比べてずっと疲労が溜まっている。そうでなくともウェイリッジにいるあいだ誘拐事件にも関わってみたりと忙しかった。しっかり休息をとりたくなるのも当然だ。
「いつもみたいに二階のベッドを好きに使って。シャルルちゃんは?」
「ボクもおなかいっぱいだけど……紅茶のおかわりが欲しいです」
「いいね。じゃあローズのいないあいだに色々お話でもしよっか!」
あくびをしながら気怠げな足取りでローズが二階へ上がっていく。眠そうな彼女を見ながら、ミリアムは空いたカップをプレートに載せてキッチンへ運ぶ。
「シャルルちゃんはさ~、どこから来たの。まさかヴィンヤード、ってこともないよね? あそこに生まれたら普通、髪紅いし」
「えっ。ローズだけじゃないんですか、紅い髪って」
カップを洗いながらミリアムは驚く彼女に頷いて答える。
「ヴィンヤードって名前だけで、みんな〝フロールマンの一族〟だからね」
フロールマンとヴィンヤードは血の繋がりがあり、その特徴的な例として生まれつき髪の色が紅く染まっている、とミリアムは自慢げに語った。
「一般的には知られてないけど、フロールマンの姓を名乗るのは魔女だけでね。役目が終わったひととか、配偶者、その名を継げなかったひとは、みんなヴィンヤードっていう土地の名をもらうんだって。ずうっと昔に双子の兄妹が生まれて、のちに妹はフロールマンを継いで、お兄さんはヴィンヤードとして世界各地を旅した────って話をローズから四十年くらい前に聞いたんだよね」
ローズにとっては〝聞かれたら答える〟くらいのどうでもいい話のひとつに過ぎないが、シャルルは初耳だとかなり驚いていた。それに加えて、さらに耳を疑ったことがもうひとつある。彼女はおそるおそる尋ねた。
「あの、四十年前って……そういえばローズには、ミリアムさんとは五十年ほど前に知り合ったと聞いています。でも、その、失礼かもしれませんが、見目からしてとてもそう見えないほどお若いようにも思えるのですが……」
ミリアムがカップを洗い終え、タオルできれいに水をふき取ったあとで「そっか、そっか~。気になるよね~」となぜか嬉しそうにしながら、紅茶を入れ直してソファに座るまで、あえて何も語らず静かにやってきた。
「それじゃあねえ、ぜったいに誰にも言わないって約束できるなら教えてあげる。たとえば、それが誰かにとても自慢してみたいことであったとしても、だよ」
好奇心は極めて自然で正しいもので、ミリアムはそれを否定しなかったし無礼だとも思わなかった。むしろシャルルがそうして自分に興味を示してくれたことが愉快だった。だから教えても構わないかわりに〝秘密の共有〟を提案した。
ふたつ返事で頷くかと思っていたところ、シャルルは急に難色を示す。
「もしかしてシャルルちゃん、自信が持てない?」
見抜いたような言葉に彼女は苦笑いを浮かべる。
「あ、いや……約束は守れるとは思うんですけど、でも根拠は自分の中にしかないし、興味本位に口約束だけして聞いてもいい話なのかなって……」
思ったよりもずっと誠実なシャルルの考え方に、ミリアムは「へえ」と感心する。どうしてローズが彼女を連れ歩いて楽しそうにしているのかも納得が出来た。
「そっか、それなら信用しても良さそうだね。シャルルちゃんの考え方を信じて特別に教えてあげましょう。────ほら見えるでしょ、アタシの耳」
長い髪をそっと指で掻きわけてシャルルに見せたのは普通とは少し違う、尖った耳。不思議な形をしているのにシャルルがあからさまにびっくりする。
「ふふ、いい顔だねえ。変な形してるでしょ──アタシってばエルフだからさ」




