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紅髪の魔女─レディ・ローズ─  作者: 智慧砂猫
紅髪の魔女レディ・ローズとプリンセス
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第2話「女王の頼み」

 それは人生の先達としての助言だ。ローズ・フロールマンは見目に若い女性そのものではあるが、魔女とは力を持ったときから老化が止まるため、彼女は百余年──実際にはもっと長いのではとのうわさも──を生きているとされる。


 ディオネスもそう言われては頭が上がらず、相槌を打つだけだった。


 それからは会話らしい会話もなく、手入れの行き届いた中庭の眺めをローズはぼんやりと見ながら歩き、やがて大きな二枚扉の前までやってきて、とうとう謁見のときかと開かれた扉の奥へ進んで面倒くさそうな息をもらす。


 長い鮮やかな紅色の絨毯の先にある立派な席には、女王が腰かけ堂々たる凛とした姿勢をみせローズを見るなり強気な笑みをした。


「よくぞ来てくれました、魔女ローズ・フロールマン」

「お会いできて光栄です、マリアンヌ女王陛下」


 慣例的に跪き、粛々とした挨拶をするローズ。マリアンヌが顔を上げるように言って初めて彼女は冷たい興味のなさげな表情を差し向ける。


「それで。私に手紙を寄越した理由をお聞かせ願えるかな?」


 だらしなく姿勢を崩し腰に片手を当てて目も合わせない。なんとも無礼の極みな彼女の態度に護衛の兵士が眉間にしわを寄せる。マリアンヌはそれを制して彼女に言った。


「ローズ、どうしてもあなたの力が必要なの」

「この国の人間は要件を端的に言えないのか?」

「そう。なら単刀直入にお願いするのだけれど……」

「ふん……構いませんとも、女王陛下。話だけならいくらでも」


 仕事を頼まれないようにわざと悪態をついてみせるローズの考えなど見透かしているのか、マリアンヌは彼女の刺々しい言葉をものともせずに話す。


「私の娘をあなたの旅に同行させてもらえないかしら」


 目が零れ落ちるのではないかと思うほど見開いて驚く。だが無理はない。女王マリアンヌの国・ヴェルディブルグでは代々、女性が王位を継いで統治してきた。そして彼女はあまり子には恵まれず、娘がひとりだけ。それを旅に連れ出せと言われてローズが頷くはずがない。はっきり「どんなに大金を積まれても断る!」と即座に返した。


「お願い、なんだって用意するわ! 大金なんかじゃなくても、あなたが求めれば土地でもなんでも差し出してあげる。……この国そのものは無理だけれど」


「ばかを言え。たったひとりしかいない世継ぎを外に出してどうする? 何かあっても私に責任は取れないし、取るつもりもない。魔女ってのはベビーシッターじゃないんだ」


 もっともな話だ。女王もそれには頷いた。しかし、そっと頭に手を当てて深いため息をつく。


「分かっているつもりよ。あの子は天真爛漫でとてもいい子だし、本当に誰よりも愛しているわ。でも、だからといって国を担うにはあまりに純真がすぎるのよ」


「仮に連れ出したとして、それで何かが変わるとでも?」


 ローズがギッと睨む。だがマリアンヌの意思は揺るがない。


「あの子にはもっと外の世界を学んでほしいの。私たちでは守ってあげられないことも多いけど、あなたは世界にたったひとりの魔女。これまで多くの旅をしてきたことは私たちの耳にも入っているわ。できないことはないでしょう?」


 それはそうだが、とローズは困ったように手で髪をくしゃくしゃとして。


「問題はまだある。お前の世継ぎもまた〝世界にたったひとりしかいない〟はずだ。連れ出すまではいいとして、そのあとどうする? 私が連れ帰るまでに騒ぎにならないとも限らない。全員が知っている話ではないだろう。賛同者も多くあるまい」


 もともと女性主権の国を気に喰わないと言う貴族もいる。それは長く歴史を紡いできたヴェルディブルグでも同じだ。どうにかして実権を握ろうと画策するには現女王のひとり娘を懐柔するのがもちろん手っ取り早い。


 マリアンヌもそれはよく分かっていて、味方が少ない自覚はあった。反対する者、あるいは裏切る者がいてもおかしくはない。いなくなったと知れば噂を流布して、都合の良いように真実を捻じ曲げて失脚を狙おうとする可能性だって大いにある。宰相であるディオネスからも忠告は受けていた。


 マリアンヌは、そんなローズの考えにしたり顔をみせる。


「そのための代役を用意してあるわ。あなたが協力をしてくれれば、すぐにでも仕事に取り掛かってもらいたいのだけれど、どう。受けてくださるかしら」


「……押しが強いな。で、代役に用意した人材というのは?」


 マリアンヌがディオネスに指示を出すと彼は数分でひとりの侍女を連れてきた。話によれば、身長、体重、年齢、瞳の色の濃さや髪の長さまで条件を整えた、もっとも適した少女だという。ただひとつ問題があったのは────。


「この子は肌が弱いの。逆にシャルロットはとても健康だから……」


「ん? いや、ちょっと待て。今なんと言った? シャルロットだと?」


 先に出会った少女の照れ笑いを思い出す。娘がいるのは知っていても、どんな容姿かまでは把握していない。あれが娘だったのかと今度はローズがため息をつく。


「はっきり言う。できるなら今からでも断りたいんだが」


「ここまで来て逃げ出すなんて許さないわ、たとえ魔女でもね」


「……わかった、わかったよ。受ければいいんだろ」


 身の危険を感じたローズは、もし今ここで断れば秘密裏に消そうとするに違いないと分かって、大事になるのを避けようと仕方なく引き受けた。


「ただし私の仕事は連れ出すことまでだ。旅先でトラブルを起こした場合の責任を私は取るつもりはない。そちらから出せる対価を聞かせてもらおうか」


「期間は三ヶ月、純度の高い金貨を十二枚でいかが? 一年は遊んで暮らせるはずよ」


 提案にローズは少しだけ考える。生活には正直、困っていない。たまに贅沢をする程度の稼ぎがあればいいし、宿を転々とするのでいつか帰る土地も必要ない。余るほどの金を持ち歩いたところで邪魔だ、と彼女は結論に至る。


「銀貨を百枚。それだけで十分だ」


 金貨一枚分に相当する金額。一ヶ月を生きられる程度で、要求されるものとしては随分と少ない。これにはマリアンヌも驚いた。ローズは当然とでも言いたげにして、その代わりに今すぐ支払ってほしいとだけ伝える。


「……さて、まずはそうだな。この代役の娘を綺麗にしてやるところから始めようか」

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