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紅髪の魔女─レディ・ローズ─  作者: 智慧砂猫
紅髪の魔女レディ・ローズとプリンセス

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第28話「ミリアムの森へ」

 馬車はウェイリッジの町を駆けていく。蹄が石畳を叩くのを音楽のように聴きながら、シャルルは遠く流れていく景色を見つめてニコニコとしていた。


 そして、ふと思い出したように「あっ!」と声をあげる。


「……なんだ、いまさら忘れ物でもしたんじゃないだろうな?」


 そろそろ町を出ようかという頃合いにローズが振り返る。


「いや、そうじゃなくてさ。これを郵便に出すの忘れちゃって」


 苦笑いをしたシャルルの手には封筒がある。マリアンヌ宛の文書と共に、プリルヴィッツ邸でもらった魔女の契約書も折りたたんで入っている、と彼女は言った。


「なぜそんな大事なことを忘れるんだか」

「いやあ……ハハ、つい馬車に舞い上がっちゃって」

「マリアンヌが心配する理由が分かる気がするよ」


 仕方なく駅の近くまで来てから馬車を走らせるのをいったんやめて、郵便を優先する。ローズは聞かずとも、わざわざマリアンヌに送る意味の重要性をよく理解していて、今ここで送らなければしばらくは出せないだろうと案じた。


「えへへ、ごめんね。ちょっと行ってくるよ」

「次からは極力、同じことのないように」

「は~い。もっと気を付けるね!」


 駆け足で郵便屋へ向かうシャルルの背中にため息をもらしながらも、ローズの目は微笑ましく見つめていた。


(ふむ。多少は抜けてるところもあるが思ったよりもしっかりしてるじゃないか。わざわざ私が連れ出す必要もなかったように感じるが……)


 クリストハルトが関わっていたのは奴隷商売が中心だろう。魔女の契約書があれば、誰と取引をしていたかも黙っていることは出来ない。マリアンヌに伝えておくことで先手を打ち、他の厄介者も芋づる式に引きずり出す魂胆だ。


 若くとも頭が回り行動力のあるシャルルはローズの手のなかになくとも、立派な君主として育ちそうにも見えた。


 そしてしばらく待っているとシャルルが嬉しそうに戻ってくる。両手には温かいコーヒーの入ったカップを持っていた。


「少し遅いと思っていたら買ってきてたのか?」

「ううん。なんか貰っちゃった、変なお姉さんに」

「……変なお姉さん、ね。毒の類は入っていなさそうだが」


 カップを受け取り、怪しみながらも口をつけてみる。


「大体、このカップもどこから持ってきたのやら……」


 木のカップは装飾もないシンプルなものだが、そのまま使い捨てるようなものでもない。どこかの誰かが彼女を気に入って渡しただけだろう、と結論付けてローズはシャルルへ荷台に乗るよう言った。


 駅の前を通って、いよいよ町の外へ出る。まだ開拓もなく草原が広がるなかを走りながら、遠くにとても小さく豆粒ほどに見えている森を指差す。


「あそこに見えるのがミリアムの森だ。先に忠告しておくがクロヴィスも言っていたとおり狼も本当に出るから、ひとりでウロチョロしないように」


「そうなんだ……。ボク、狼は毛皮か剥製でしか見たことないかも」


 当然のように口にした言葉にローズのほうが身震いをしそうだ。


「いつの世も人間のほうが野蛮なのは変わらんな、まったく」


 毛皮は用途によりけりだとしても、剥製に関してだけ言えば装飾品でしかなく、生きていくうえではまったく必要のない命の収奪だ。そういったものへの興味がないどころか忌避すらしているローズにしてみれば、おぞましさしか感じられない。


「はは、本当にそうだね。ボクは可哀想に感じるから好きじゃないかな。とくに剥製は見ていられないよ、母様は気に入ってるみたいだけど」


 マリアンヌとはほとんど真逆な性格のシャルルに、ローズは頷く。


「それでいい。あれは所詮なにをどう言ったところで〝自己満足〟以外の何でもない無意味の殺戮だ。食料を得るための狩りでもなければ、生きていくうえで危険を排除するための駆除とも違う」


 森へ近づくにつれてウェイリッジが遠く小さくなっていく。ふとみれば草原には鹿が草を食んでいるすがたがある。ローズの視線はそちらへ向いた。


「……ちなみに鹿は美味い」

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