第24話「また会おうね」
「あ、でも。ひとつだけ聞いてもいいかしら?」
マリーがシャルルに興味の目を向ける。
「う、うん……。なんでも聞いてくれていいよ」
「そう。じゃあ遠慮なく尋ねるのだけれど、あなたって──」
少しだけ聞くのを躊躇ったのか、ひと呼吸があった。
「もしかして王族の方?」
聞いてどうなるものでもない。相手が貴族であれ王族であれ、マリーは態度を変えないつもりでいた。ローズがそうするように言ったからだ。
それでも好奇心には逆らえないのが人間で、彼女もまた例に漏れることなくシャルルの正体を知りたがった。
正直に答えるべきかどうかの判断をローズに仰ぐ視線を注げば、彼女は「好きなように。お前が決めることだ」と委ねた。
「う、ううん……そうだなあ……」
腕を組んで迷っているのが既に答えているようなものだが、彼女はしっかりと考えに考えてから「実は……」と切り出す。
「ボクはたしかにヴェルディブルグ王家の出身です。具体的には、どの位置にあるかは言えないけれど、たしかにあなたのおっしゃる通りだ。これでいいかな?」
「ええ、とても満足のいく回答だったわ。答えてくれてありがとう!」
満たされた好奇心に柔らかな表情で微笑むマリー。ほどなくしてクロヴィスが意識を取り戻すと、彼女たちは秘密を共有しながら笑い合って、何事もなかったように美しく取り繕ってみせてから食べ終わった食器の片付けを始める。
外は夕焼けが町を色付かせ、誰も彼もが帰路に着く頃になっていた。
「シャルル。私たちはそろそろ帰るとしよう」
「あ。もうそんな時間なんだね」
あまり遅くなると宿に迷惑が掛かってしまうのを考慮し、ローズはもう帰る支度を始めている。マリーも「あとはやっておくから」と気遣いをみせた。
もう少しだけ話していたい気持ちでもシャルルは我慢する。
「また会おうね、マリー。約束だから!」
「もちろん。ウェイリッジにも遊びにきてね、約束よ!」
小指を絡ませ、微笑み合うふたりの姿にローズも嬉しそうにした。
商館の前まで見送ってもらい、振り返って手を振りながら帰り道を歩く。ローズとはしっかり手を繋いで、まるで無邪気で幼い子供のようだった。
「カレアナの連中は良い奴らだったろ、シャルル」
「……うん。クロヴィスさんも、マリーも。それから商人の皆も」
城に帰ればこうして外を出歩く機会もなくなってしまうだろう。約束はしても守れるかどうかは怪しく、それが彼女のなかにある寂しさを大きくする。
人々の優しさと、ちょっとした好奇心を満たす楽しい時間は、彼女の記憶に強く刻まれていた。
「いつかまた来れるかな……別れたばっかりなのに、もう会いたいんだ」
「フ、たとえ来れなくとも別に良いんじゃないか?」
「ええ? でも、みんなに会おうと思ったらウェイリッジに来ないと」
「は、まさか。訪ねるばかりが会う手段じゃないさ」
「……あ、そっか。招いてあげればいいんだ、お城に!」
うんうんと頷いてローズはクロヴィスの驚く顔を思い浮かべて口を押えた。
「世話になった相手だ、招いてやるくらいはマリアンヌも許してくれる」
「ふふん、そうじゃなくたってコソコソ呼んじゃうかも」
「……ほお? 言うようになったな。なかなか悪いことを思いつく」
マリアンヌが怒るとしても彼女は自分の主張を通すだろう。最初は何に対してもどこか遠慮がちに見えていたシャルルが短い期間で変わっていく。
その姿をローズは胸中で、とても理想的で美しい純粋さを持ったダイヤの原石のようだとたとえた。
宿に着いた頃には外も暗く、楽しさのいっぽうで疲労も溜まっていた。
ローズがシャルルに掛けた魔法の効果もなくなり、部屋に戻るなり着替えもせずにベッドにごろんと転がって「楽しかったなあ」と大きな息をもらす。
「それは良かった、連れて行った甲斐があるよ」
「ふふ、ありがとう。とても良い友達も出来て本当に嬉しい」
「マリーもそう思っているに違いない」
「……かな? そうだったらいいな」
疲れにまぶたが閉じていくのに逆らえず、いつしか彼女の視界はまっくらになって、吸い込まれるように眠っていく。
すうすうと穏やかな寝息を立てている傍で、ローズは彼女の頬にそっと指を這わせて愛おしく感じながら、ちかくにあった毛布を体に被せた。
「──おやすみ、シャルル。良い夢を」




