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紅髪の魔女─レディ・ローズ─  作者: 智慧砂猫
紅髪の魔女レディ・ローズと悪魔の思い出

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第31話「女王からの手紙」

 列車が走り出してからホルトンに到着するまで数時間の間にシトリンは次々と胃袋に放り込む。夜までに腹を空かせようという魂胆なのだ。「少しだけ席を外しても?」と言うのでローズが頷いて返すと彼女は周囲の席に誰もいないのを確かめてから姿を消した。戻ってきたのは、ホルトンに着くほんの少し前だった。


 もう暗くなり始めた頃、本を読みながら舟をこぎ始めたローズの肩がぽんと叩かれて「すみません、遅くなりました」と帰ってくる。


「……ん、遅かったな。何をしてたんだ?」

「お腹を空かせるために運動を少々。もうそろそろですね」

「なぜそんなに食い意地が張ってるんだか」

「美味しい食事は常に幸せになれるからです」


 ずばっと早口で返されたローズは「一理あるな」と笑った。

 駅に着くと魔導書をシトリンに預けて列車を降りる。

 月明かりにきらめく星空。肌寒さを感じながら、ホルトンの町を見渡す。


「歩こう。『大鷲の巣』はすぐ近くだからな」

「でも人気なんでしょう、空いてるんですか?」

「さあ、どうだろうな。運が良ければってところか」


 ホルトンの町は夜になっても、まだいくつかの店は開いていて灯りがついている。客足もそれなりで、田舎町で観光の目玉もない割には人通りがあった。


「あちこちから良い香りがしてきますね……うわあ、見てください。あんなにたくさんのチョコレートが……買って行きませんか? 宿で落ち着いたら一緒に食べたいです、ローズ様。贅沢はいいません、銀貨五枚分くらいで」


 十分に贅沢だとは思いつつも、目をきらきらと輝かせて無邪気な子供のように振舞うので、呆れながら「そうしようか」と微笑んだ。


「ほら、シトリン。これをやるから好きなものを買ってこい」


 投げ渡された布の袋は紐がしっかり締まっている。受け取ったシトリンが中身を確かめて、ぎょっとして声をあげた。


「えっ。これ全部銀貨ですか? いいんですかこんなに使って」

「好きなだけ使え。また稼げば済む話だ」


 魔女に仕事を頼みたい人間は探せばいくらでもいる。それこそロドニーではグレゴリーが全財産をなげうってでも問題を解決したいと言うように。


「で、ではさっそく行ってきます!」

「ああ。私は宿に顔を出しておくよ」


 シトリンと別れ、一人で宿の扉を押し開ける。食器のぶつかり合う音、男たちの豪快な笑い声。忙しそうな給仕の返事が響くなかを歩いた。


「フロールマンじゃねえか! らっしゃい!」

「久しぶりだな、ヤヌス。すこし老けたか?」

「あんたじゃないんだ、当然さ。泊まりに来たか」

「部屋が空いてるといいんだが」

「あるにはあるぜ、二人部屋だけどよ」

「今日は連れがいるから都合が良い」


 店主のヤヌスはすぐに給仕を呼びつけて鍵を持たせ、ローズを部屋に案内するように言った。


「わりぃな、フロールマン。俺は厨房が忙しいから、後は好きにやってくれ。メシが食いたくなったらいつでも降りてこい、あんたなら夜中だろうがもてなすぜ!」


「助かるよ。だが無理はするなよ、歳なんだから」


 ローズの冗談にヤヌスはげらげらと大声をあげる。


「魔女様ってなあ口が悪いもんだ! 見た目はちんちくりんのガキのくせして俺より年上ってんだから毎回驚きだぜ。じゃあ、またな!」


「がんばれよ。私も後でまた食事に来るから」

「お待ちしております、なんつってな!」


 軽口を叩き合ったあとは部屋に案内してもらい、鍵を受け取ってシトリンが戻ってくるまでゆっくり過ごす。ベッドに腰掛け、窓の外に見える月をぼんやり見ながら、空気が抜けたようにごろんと寝転がる。


(……時間が経つのは早いな。シトリンが戻ってきたら食事をして、それから明日の朝にはヴェルディブルグの王都か。大して見るべきものもないが)


 こつん、と何かが窓に当たる。見えていた月を小さな鳥の体が隠した。くちばしには折りたたまれた紙がある。


「なんだ、こんな時間に誰が手紙を寄越した?」


 窓を開けると一羽の鳩が部屋の中に飛び込む。


『いやいやいや、本当にすみませんねえ! 私も本当なら今頃休んでるときなんですけど、届けてくれって言われちゃってどうにも! ヴェルディブルグの女王様から仕事の依頼が来てますよ、紅髪! 大事そうだから急いできたんですって!』


 まくし立てられ、耳を塞ぎたくなる気持ちを抑えて手紙を開く。


「仕事の依頼だと?……内容は会ってからか、面倒な」


 手紙には、ただ仕事を依頼したいので会って話したいという旨だけが書かれている。この類の仕事をローズはめったと受けないが、ヴェルディブルグの女王に恩のひとつでも売っておいてやるか、と王都へ行くのに重なるので都合よく感じた。


『たしかに届けましたよ、お返事はどうされます?』


 鳩は今にも帰りたがっている様子で部屋をくるくる歩く。


「疲れているだろうが、少し待っていてくれ」


 部屋に用意された便せんにさらさらと短く書き殴り、『明日の朝には訪ねられる』と依頼の受理を明記して「後は頼む」と素早く折りたたんで鳩に渡す。


『はいはい、承りました! ではでは届けてまいります!』

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