第24話「乾杯」
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────馬車に乗って次の目的地へ。
がたんがたんと馬車が揺れる。村に到着したのは陽が完全に落ちて月明かりが出た頃だ。何度か泊まった事のあるこぢんまりした宿に顔を出しにいく。
観光客も殆どおらず、中継としてもあまり使われない村なので部屋はいくつか空いているのがいつも通りだ。不定期に訪れては気の向くままに滞在するローズは前もって何枚も金貨を渡しているので、荷物を持って二階の適当な空き室に向かう。
「ロドニーで泊まった宿より大きいですね」
「田舎はそういうものさ。それに存外儲かってるらしいぞ」
「……そうなんですか。ローズ様のおかげな気もしますが」
「ははっ、まさか。私は何も手伝っていないさ」
そうではないのだが、とシトリンは目を細める。
「荷物を置いたら夕食にしよう。……そういえば、お前は甘いモノを所望していたようだったが、ここの主人は野菜中心の食事なんだ。構わないか?」
「もちろんです。別に他の食べ物が嫌いなわけじゃないですから」
ひとまずベッドに荷物を投げ置く。シトリンがまた目を細めた。
「ローズ様、ひとつ言わせて頂きたいのですが」
「……? なんだ、そんな神妙な顔つきで」
「荷物をこうも適当に置かれては盗まれても文句言えませんよ」
扉には施錠もない。これまで何ひとつ盗られた事がないのが不思議なほどだとシトリンは彼女を叱った。契約者がこんなザマでは困る、と。
「いいですか、あなたは世界に一人しかいない魔女なのです。持ち物の中に高額なものくらいあるだろうと思えば、手が伸びてしまう輩だっているんです」
「だが、今まで別に一度だって盗まれた事は──」
「それが駄目だと言っているのです」
ぴしゃり。ローズもさすがに黙って頭を掻くしかない。
「貴重品等は全て私がお預かりいたしましょう」
「……いや、預かるってどうやって?」
持ち物は硬貨の詰まった袋。それから魔導書だけだが、持ち歩くには少々重いし邪魔になる。ローズはこれまで人の視界に映らないようにする事で隠して持ち歩いてきたが、いつか忘れて誰かに盗まれるかもしれない可能性はあった。
シトリンにはもっと良い方法がある。ベッドの上にある硬貨の詰まった袋を見せながら「よろしいですか。はい、こんなふうに」と、黒く染まった後で彼女の影の中に吸い込まれて消えた。
「おい、今のはどうやった。これも悪魔だけが使える魔法か?」
「半分当たりで半分外れですね」
いつの間にかシトリンの手には袋が戻っている。
「私だけの〝倉庫みたいな場所〟に移したり、戻したりできるんです。もちろん魔力を使っているので魔法と言えばそうなのかもしれませんが、どちらかといえば特殊な能力と言ったほうが正しいかと。いつでもご利用ください、サービスです」
今のところその不思議な力でしまえるものに限界はなく、スペースには限りがあるがローズの手荷物くらいであればいくらでも問題なく片付けられる。
「では甘えさせてもらうとしようかな。聞きたい事は他にもあるが……まあ、それは夕食でもしながら続きを話すとしようか。腹が減ったからな」
「ええ、そうですね。ところでどんな料理があるんですか?」
硬貨の詰まった袋と魔導書をシトリンがしまった後、二人は一階へ降りる。適当なテーブル席に座って「いろいろあるが」とメニューの書かれた紙を手に取り、いくつかを指さして「私は野菜とソーセージのスープを推したい」自信たっぷりに言った。
「でしたら私はそれと……あ、ぶどう酒もあるんですね」
「おお、そうだな。せっかくだ、契約祝いに飲むとするか」
「名案です。酔いつぶれるまで飲みましょう」
「それは遠慮するよ。私はじっくり飲みたいんでね」
注文を済ませて、しばらくすると室内を美味しそうな匂いが漂う。落ち着かない様子のシトリンを眺めながら、しばらくすると料理が届く。魔女のためにと用意されていた高そうなグラスにぶどう酒が注がれ、主人が「ごゆっくり」と厨房へ戻っていった。
「では今宵は私たちの永遠の契約に────乾杯」




