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紅髪の魔女─レディ・ローズ─  作者: 智慧砂猫
紅髪の魔女レディ・ローズと悪魔の思い出

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第23話「永遠の契約」

 くよくよしていても仕方ない。結果は望んだ形ではないものの契約はできるのだから万々歳。そんなに悪い事は起きてない。そう自分に言い聞かせて、シトリンは契約書をどこかから取り出して広げる。大きな羽ペンもいっしょだ。


「使った事がないと書きにくいかもしれませんが」

「大丈夫だよ、それくらい。契約内容はどうしたら?」

「名前を書き込んで下さるだけで結構です」


 彼女が差し出した契約書は簡素な名前を書き込むだけのものだ。互いに納得のできる内容である場合に用いる、もっとも楽な方法。互いの真名を書き込めば契約完了だ。中身は書いてくれれば教えると言うので、ローズは黙って名前を記す事にした。


(……シトリン・エレフォビナ・デッドマン。これがヤツの真名か)


 悪魔の王とはなんなのか。シトリンはどこで生まれてどう育ったのか。気になることは尽きなかったが、詮索はせずに自身の名を書いて羽ペンを置く。


「これでいいか? さあ、契約の内容を教えてくれ」

「ふふん、良いでしょう。では発表します」


 席を立ち、どんと胸を張って腕を組んだ彼女はローズを見下ろして。


「あなたが生きているかぎり、私はあなたの願いを叶えましょう。その条件は────定期的に私が飲みたいもの、食べたいものを提供する事です」


 そんな下らない契約があるのか。ローズは「はあ?」と頓狂な声が出た。


「自分でも馬鹿な事を言っているのは分かってます」


 本来、悪魔が交わすような契約ではない。いや、してはならない契約だ。それでもシトリンは構わなかった。ローズ・フロールマンを心から気に入ったから。誰かが否定しようとも自分の生き方を変えるつもりが彼女には毛頭ない。


「いいじゃありませんか。あなたが魔女として生きるかぎりなのですから、もし死を迎える事がないのであれば私を一生、下僕として扱えるんですよ」


「だからって……お前は自分がどんな状態だったか忘れたのか?」


 そう、魂を得ることができず実際のところかなり弱っていて、消滅の恐れさえあった。今後ローズと契約を交わせば似たような状況に陥るに違いない危惧がある。しかし、シトリンは「絶対ではありませんよ」と答える。


「どんなものでも魂は存在します。人によっては〝気〟だと言いますが、食べ物でも同じ事。食べられなくなるまでの日数分が私の栄養、つまり数日を生きる糧になるわけです。それはあなたという契約者と感覚を繋ぎ、共有さえできる」


 これまでは食事すらとってこなかったと彼女は肩を落とす。なにしろ大切なパートナーに裏切られた失望感から彷徨っていたほどだ。食欲など湧いているはずもなく、このまま死ねたら楽だと思っていたのだ。


「まあ、それならいいんだが。しかしひとつ懸念もある」

「はい? この後に及んでまだ納得できない事があると────」

「あの死人すら鼻をつまみそうな甘ったるい食べ物を私が?」


 さすがに吐き出す、と困り顔をされてシトリンはにこやかに返す。


「ハハ、さすがに厳しいときは言って下されば、別に絶対ああする必要はないのです。ただ好物なだけなので。……以前知り合った方にも気持ち悪いと言われて食べさせてあげたのですが、以降なぜか距離を置かれたりしましたから、ええ。節度は大事です」


 話を聞きながら、何百年かけて得た教訓なのだろうかと不意に感じた。


「さて、では話も纏まったし行くとするか。いつまでも小屋にいては不便な事も多いし、馬たちもそろそろ上質な餌でも食べながら厩舎でゆっくりした過ごした方が機嫌も良くなるだろう。荷物を纏めて────」


 めまいがする。ロドニーでの一件から回復しきらないうちに魔力を使い過ぎたのかもしれない。彼女の体をシトリンが支えた。


「いけませんよ、無茶ばかりして。……今回は特別です」


 赤黒い輝き。シトリンの魔力がローズの体を覆う。彼女の失われた魔力の補填として自身の魔力を捧げている。契約者だからこそできる事だった。


「どうです、少しは軽くなったのではありませんか」

「びっくりするほどな。やはり悪魔には敵わんよ」

「ふふっ、もっと褒めていいんですよ。チェスは負けましたけど」

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