第20話「心を通わせたいから」
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予定通り、翌日には宿を出てふたりはロドニーを発った。
グレゴリーは名残惜しそうにしたが、いつまでも滞在するほどロドニーは広くなく目立って見てまわる場所もない。簡単に別れの挨拶を済ませて馬車を走らせ、途中でパンをいくつか買ってから町を出て行く。
「ミルクも頂けばよかったですかね……少し口の中がパサつきます」
「たしかにな。噛み応えがあって気に入ってるが」
「ところで次はどこに行くんですか? もう決まりました?」
「ああ。ひとまず、ここから一番近い村に寄ろうかと」
ロドニーに野菜を卸している小さな農村パルナスが次の目的地となる。観光地でもなんでもないが、もうひとつ大きな町へ向かうのに馬車を休ませるのに経由するのだとローズは説明した。過去に数回訪れているので村民とは顔見知りだ。
「野菜を煮たスープが見た目は粗雑だが美味いんだ」
「……ほう、それは興味ありますね」
睡眠よりも食事が好きなシトリンには欠かせない話題だった。
「ローズは野菜とお肉、どちらが好きですか?」
「肉料理だな。基本的に好き嫌いはないがね」
「逆に嫌いなものあるんですか?」
「もちろんあるさ。シロップに浸かったパンケーキとかな」
からかうとシトリンは頬をぷっくり膨らませる。
「あれは頭の栄養にいいんです。……みんな嫌がりますけど」
「いつかお前好みの甘党に会えるといいな」
そんな人物がいるか定かではないが、少なくとも可能性はゼロではない。趣味の合う仲間がいればより美味しく食べられるだろう、と信じられないものを食べている彼女を思い出してローズは小さく身震いした。
「しかし、まさか私と一緒に旅がしたいと言い出すとはな」
「だって面白そうでしたから。それに……」
言いにくそうにしながら、頬を薄紅に染めて彼女は言う。
「楽しいんです。こんな気持ちになれたのはすごく久しぶりで。……犬みたいにころっと態度を変えてしまって、落ち込んでいた自分が馬鹿みたいですけど」
「ふ、そういう感情的な話は人間も悪魔も変わらんな」
ローズの読んだ文献などでは悪魔とは基本的に利己的で狡猾。誰に対しても見下す姿勢を崩さない。契約者を相手に騙す事さえ日常的な邪悪そのものとして描かれていることばかりだ。実際には人間とそう変わらない感情の豊かさを目にして、それらすべてが当てはまるものではない普遍的な生物の一種だと感じさせられた。
「私たちも同じ生命です。ただ成り立ち方が違うというだけで勝手に邪悪な存在にしたのは人間ですから。まあ天敵みたいなものかもしれませんね、悪魔なんてすぐ誰かを誑かそうとしますし。私はどっちかと言えば誑かされてきましたけど」
くすくす笑って、今や自分が過去に味わってきた苦痛を話のネタにできるくらいにはすっかり前向きになっていた。だが彼女は、手綱を握って話を聞きながら愛想笑いを返して楽しいふりをするローズの背中をジッと見つめて────。
「私が心を開いても相手は開いてくれない事ばかりでした。……多分、今もそうでしょうね。あなたは私を信頼してくれてはいるけど心を開いてはくれない」
良き友人でありたいと思うシトリンとは対照的にローズはどこか一線を引いて距離を置いている。芯にあるものは優しく温かさで溢れているのに、彼女は自分自身を決して晒そうとしない。そうすることで相手も自分も傷つかない道を常に選んでいるのだ。
「結局は独りになるんだ、誰に心を開く理由もない」
「私ならずっと一緒にいてあげられます」
遠くから、ごろごろと雷鳴が響いてくる。雨が降り出す前に村へ着きたいところだが、おそらくは叶わない願いだ。「どこか道沿いに小屋があったはずだ」と馬車を急がせて、曇り始めた空の色を気にしながらローズは彼女をちらと見る。
「お前、そんなに寂しいのか」
「寂しいです、とても。孤独は大変です」
両親を亡くしているローズには孤独は慣れたものだ。心の支えにしてきた両親の他界は辛く苦しいものがあったが、それでも自分は魔女として生きる道を選んだからとくよくよはせず、前に進んできた。誰に支えられる事もなく。
だからシトリンの表情を見て本気で孤独感を覚えているのを理解した。
「なら言っただろ、お前が飽きるまで一緒にいれば……」
「────私と契約いたしませんか、ローズ」




