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紅髪の魔女─レディ・ローズ─  作者: 智慧砂猫
紅髪の魔女レディ・ローズと悪魔の思い出
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第19話「お前が飽きるまで」

 陽光よりも暖かで悪魔よりも甘美に満ちた言葉。どこか惹きつけられてしまうのは、特別な能力(ちから)によるのものではなく彼女の人柄がそうさせている。


 これまでシトリンが見て来た人間の中で最も優れた人物。絶対に裏切るはずがない、と古い期待への失望感をゆるやかに溶かしていった。


「ふふっ……いやあ、面白い方ですね」

「何かおかしな事を言ったか?」

「まさか。あなたはとても……そう、とても良い人です」

「ハ、そっちも面白いヤツだよ。私が善人だとでも?」

「あなたが違うと言っても私は思いますから」


 ただひとり。多くの異性に惚れてきて、そのたびに裏切られて。好きだったのはどこか、と聞かれると彼女はしばらく考えて『顔ですかね?』と答える。もちろん人柄もきちんと見ずに信用するほど軽くもない。だが同性の、それも人柄から惚れたと思えるのは初めての事で彼女は心からの笑顔を向けた。


「ふむ、そういうものか。私には分からんが、」

「料理が美味しい事は分かります」

「……人が言おうとしたことを先に言うな」


 たわいない時間が過ぎていく。久しぶりの楽しい時間が。

 数百年以上を生きるシトリンの記憶に大きく残った。


「すっかりお腹いっぱいですね」


 歓談も終わり、料理は綺麗になくなった。最初は顔色のあまり良くなかったローズも、ゆったりと時間をかけたおかげか最初に比べれば元気そうだ。


「食べ過ぎて動くのが面倒な気分だよ」

「とてもよくわかります。ですが帰りませんと」

「分かってるさ。お前は本当に……なんというか」

「……? 私がなんです?」

「いや、メイドみたいなヤツだと思っただけさ」


 席を立ち、あとは宿に戻るだけ。支払いを済ませてレストランを出てから全身に風を浴びて気持ち良くなる。もう日は暮れ始めていた。


「ローズ。ロドニーを発った後はどこへ向かわれるのです?」

「さあな……。行先は特に決まってないんだ」


 世界各地を旅して周るローズは出発直前になって行先を決める事が多い。今の段階でどこへとは考えておらず、近くの町がいくつかあるのは知っているので「適当に遊びに行くさ、しばらく仕事もないし」と手綱を握って操るしぐさをする。


「にしても馬車は時間がかかるし疲れるから、もっと楽な移動方法があればいいのにな。……そういえば、お前はどうやってあの短時間で森から馬車を持って来たんだ。まさかそういう瞬間移動的な魔法でもあるのか?」


 問われて、あるにはあると言った。しかしシトリンは残念そうに肩を竦めてやんわりと「人間の体では無理です」と答えた。魔法と言えばそうだが悪魔だからこそできることもあるのだ、と。当然、ローズもがっかりした。


「まあまあ、そう落ち込まないでください。あと数十年は我慢する必要がありそうですけど、そのうち馬車の需要も少しは減るくらい良い手段が見つかりますよ」


「……数十年、ねえ。お前たちと私では時間の感覚が違うな」

「こう見えて数百年は生きてますしね。エルフみたいなものです」


 ローズは聞いてぽかんとしてから、くっくっと笑った。


「エルフか! おとぎ話の本を読んだときに目にしたことがあるが、あんなものが本当に存在するのだとしたら面白いよな。お前がいるんだから、いても不思議ではなさそうに思える。……世界は本当に広いものだ。旅に出て良かったよ」


「私に出会ってそう思っていただけたのなら嬉しいです」


 さあ帰ろうというときに、シトリンは少しだけもじもじする。


「……どうした、さっさと行くぞ」

「あの! その、ひとつお願いがあるのですが……」

「なんだ。甘いモノなら明日の朝に奢ってやるよ」

「そうではなくて。すこしだけ旅についていっても?」


 強い興味が湧く。ローズという存在が、シトリンの中で大きく膨らんでいった。こんなにも惹かれる人間は初めてかもしれない、と。だからロドニーを出ても一緒に旅をしたいと感じた。とはいえ断られるのが怖く、すぐに言い出せずにいたのだ。


 聞いてローズは深いため息をつく。


「くだらん事をグズグズと考えるヤツだな。お前の好きにしろ」


 後ろ手を組んで歩き、堂々と吹く風のようにしっかり笑って。


「今回は世話になった。サービスだ、お前が飽きるまで付き合ってやるさ」

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