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紅髪の魔女─レディ・ローズ─  作者: 智慧砂猫
紅髪の魔女レディ・ローズと悪魔の思い出
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第11話「卑しい悪意」

 御者台に乗ったローズの隣に座って、シトリンは耳打ちする。


「あの、ひとつご提案があるのですが」

「……? なんだ、言ってみてくれ」

「奴隷商のふりをするのなら、私が話をしたいんです」

「別に構わないが大丈夫なのか?」


 シトリンは強くうなずき、琥珀色の瞳が自信に輝く。


「私が奪った魂から記憶を読み取ります。商館にいる全員が犯人じゃない場合、警戒心の強い彼らが怪しまないとも限りません。ですからリスクを考えて最初は私に話をさせてほしいのです。あとはローズ様が誘導してもらって構いません」


「ああ、悪くない。お前の言う通りリスクは減らすべきだな」


 提案に乗って安全策を選ぶ。バルトロ商会がふたつの顏を持ち、狡猾に動いている以上、怪しまれては台無し、いや、グレゴリーたちに余計な負担を背負わせてしまうかもしれない。シトリンができるというのなら任せるのがいちばんだ。


 商館の前にはいくつも馬車があり、行商人たちも多く出入りしている。ロドニーで商いを仕切っているだけはあるようで、ローズたちに近づいた男が「今日はどのようなご用件でしょうか?」と、にやけて、つま先から頭までじろりと見た。


「商館長に会いに来た。うさぎが欲しいと、ある方から声を頂いてな」


 心底不愉快そうにローズは髑髏のネックレスを指でなぞる。


「へえ、うさぎを……少々お待ちくだせえ」


 訳知り顔で目つきの変わった男が二人を待たせて商館の中へ入っていく。しばらくしてから、今度は身なりの整ったふくよかな男が出てくる。手には高価そうな指輪をいくつも嵌め、善人ぶったような貼り付けた笑顔がローズを苛立たせる。


「いやあ、よく来てくれました。まずは挨拶でも」


 あぶらぎった手が握手を求めて差し出された。仕方なく返そうとしたローズを制止して、シトリンが前に出て彼の手を強く握りしめる。


「初めまして、テオ・バルトロ。私はシトリンです。コラニス伯爵からうさぎの追加注文が入りました。積み荷の胡椒と塩は予定していた量の倍を積んでおりますので、今晩、あるいは明日にでも用意してくださると助かるのですが」


 たたみかけるようなシトリンの言葉に、テオと呼ばれた男は戸惑いつつも握手をして「ささ、とりあえず中で話しましょう」と招く。


 途中、受付で書類を整理していた男に「扉に鍵を掛けておいてくれ」と頼み、それから応接室へ案内した。身に着けているものの割に、部屋の中は質素で最低限の揃えしかない。来客用のソファとテーブルだけが、やや高価な仕上がりだ。


「ではさっそく話を進めましょう。お二人は代理の方ですか?」


 初めて見る顔を相手にテオも警戒気味だ。シトリンは自分たちの悪印象を与えないよう、堂々とした態度で彼の目をはっきりと見て。


「ええ、そうです。何人かが金に目がくらんで積み荷に手を出そうとしたので、コラニス伯爵の意向で今回は我々が。……それで、用意できるんですか?」


「え……あ、はい、もちろん。明日にでも計画を組みましょう」


 テオは壁に掛かっている大きな町の地図を指さす。


「今夜は巡回の少ない日のようですが警備が多い。なんでも魔女が来るとか、憲兵たちのあいだで話しておりまして……おそらくそれが理由なんだと思います。ですから今日は計画を立てるだけでせいいっぱいかと。実行は明日、よろしいですね?」


 積み荷の報酬は今に見ずとも後で確認したらいいだけの話だ。テオはまたひとつ儲け話が舞い込んできたと内心で飛び跳ねたいほど喜んでいた。


「……そういえば、興味本位でひとつ聞いておきたい」


 さあ解散といったところで席を立つ前にローズが尋ねる。


「警備の巡回を毎回掻い潜り続けるのも難しいんじゃないか。憲兵団の連中はマゼラン伯爵に忠誠を誓っているはずだ。いくらバルトロ商会が協力的だと言っても、巡回の細かなルートまで把握するのに簡単に口を割ってくれるとは思えないが」


 テオはとても自慢げに「簡単な話ですとも」と、人差し指を立てた。


「憲兵団に入るには軽い面接があるだけで、誠意が感じられれば所属できる安っぽい集団でして。そりゃまあ多少の腕っぷしは必要ですが、うちにいる働き者たちからひとりが入団するくらい楽な話です。貴族相手の取引の方が難儀するってもんです」


 当然とばかりに嬉々とした様子で語り、人をさらって売り飛ばすより楽に儲けられる仕事はないと笑った。ロドニーはあまりに平和ボケしている情けない町だ、と。


「まったく、マゼラン伯爵もお人好しが過ぎる。我々バルトロ商会も治安維持のために手を貸すといったら泣いて喜んでいましたよ。ハハハ、本当に馬鹿な方だ!」


 吐き気が催される言葉が並べ立てられて、ネックレスをなぞるように触れていた手が、今度はがっちりと握り締めた。そのまま握りつぶせてしまいそうなくらい、強く。人間の悪意にこれほど自分は敏感だったのかと気付いて。


「そのとおりだな。本当に、世の中にはホンモノの馬鹿がいるものだ」


 部屋のなかを紫煙が満たす。どこから湧いたのかも分からない紫煙が。


「今日は特別な日だ、テオ・バルトロ。その言葉を後悔するなよ」


 どこに隠し持っていたのか、あるいは見えないように細工していたのか。ローズの手には魔導書が広げられた状態である。魔力に満ち、紫色に輝く魔導書だ。



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