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紅髪の魔女─レディ・ローズ─  作者: 智慧砂猫
紅髪の魔女レディ・ローズとプリンセス
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第18話「彼女には内緒で」

 マリーを待つあいだ、歓談に興じているうちに時間は過ぎて行った。気付けば商館のなかも忙しさが徐々に落ち着き始めて、人の出入りもまばらになっている。


「ごめんなさい、ふたりとも。お話が立て込んでしまって」


 二階からマリーが降りてくる。傍には初老をやや過ぎたくらいの年齢に見える男がいっしょだ。彼はすぐにローズのもとへやってきて「すみません」と苦笑いだ。


「気にしなくていい。今日は世話になるよ、クロヴィス」

「いえいえ、ゆっくりしていってください。そちらの方は……」


 クロヴィスの視線がシャルルへ向く。彼女はローズより一歩前に出た。


「シャルルです。シャルル・ヴィンヤード。よろしくお願いします」

「館長のクロヴィス・カレアナです、ローズさんのお連れですね」


 かたい握手を交わす。シャルルのやわらかい手に対して、クロヴィスの手はゴツゴツとしている。初めての感触に彼女は少し驚いた表情をした。


 今まで多くの人間と接する機会はあったが、貴族たちの手はそうしたものではなかったから、働く人間の手がこれほどにもしっかりとしているのかと感心すると同時に少しだけ悲しくなっていた。


「どうかされましたか、シャルルさん?」

「あ……いえ、なんでも」


 首を傾げるクロヴィスにシャルルは取り繕って微笑む。


「かたくるしい挨拶はこのへんにしておこう、クロヴィス」

「はは、そうですね。マリー、応接室のほうへ案内を」


 マリーが「ええ」と笑顔で頷き、シャルルの手を引いた。


「いっしょに行きましょ! ほら、ローズも……」

「いや、私はあとで行くよ。クロヴィスと少し話したい」

「あらそう。わかったわ、お茶を用意して待ってるから!」


 満面の笑みを向けるマリーにローズは小さく手を挙げた。ふたりを見送って、クロヴィスとふたりきりになったところで彼女は周囲に意識を配り──。


「実は馬車を調達しようと思ってな。シャルルは旅が初めてで、あまり外の世界というものを知らないから色々なところへ連れまわしてやりたくてね」


「なるほど。それで先に行かせたんですか。……あのローズさんが、ねぇ」


 可笑しそうにするクロヴィスをぎゅっと睨む。


「私がそんなことをするような柄ではないと言いたいのか?」

「ひとむかし前なら連れ歩くことさえ考えなかったでしょう」

「今でも、だ。事情があって連れまわしているだけだよ」

「そのわりにはずいぶんと気に入ってらっしゃるようですが」


 引き下がらないクロヴィスに、彼女は「知らん」と口先をとがらせた。


 実際、旅を始めてからただのいちどたりとも傍に誰かを置いたことはない。気を良くして馬車を買おうなどと思ったこともない。クロヴィスの言う通り自分はシャルルを気に入っているのかもしれないと考えながら、いまいちピンと来なかった。


 きっかけは女王の依頼。『せっかくだから』くらいの気持ちでいたが、今ほど他人のために何かをしてやろうとしたのは、彼女自身の記憶を辿ってもシャルルただひとりだ。


「……お前、ずっと笑ってるな。そんなに可笑しいか」

「いえいえ。とてもすばらしいことですよ」


 クロヴィスはそう言いながらも、まだくすくす笑っている。


「とびきり良い幌馬車を用意しましょう。せっかくのサプライズですから、私からの贈り物ということで代金も必要ありません。どうぞもらってください」


 目を丸くしてローズが「本気で言っているのか?」と尋ねる。彼は「もちろん」と答えた。カレアナ商会の人の出入りが激しいのは魔女が懇意にするからであり、いわばその返礼として馬車を提供しようと言うのだ。


「おかげさまで、この古くなった商館も改装と増築のめどが立ちましてね。ストランド商会の方々が見せた羨ましそうな眼差しが忘れられませんよ!」


 がっはっは、と大声で笑う。さぞや懐が豊かになっているらしい。


「旅の無事を祈って水や食糧も積んでおきますよ。明日の昼までにはいつもの宿(鍋の底)に届けさせますから、期待して待っていてください」


 昼にはウェイリッジを出るつもりだったローズは深く頷く。


「助かるよ、礼を言う。きっとシャルルも喜んでくれる」

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