第42話「花の国の騎士として」
────首都ペレニスであった多くの出来事は終息を迎える。
ベアトリスは父親を連れてリベルモントを発ち、同様にフェリシアもヴェルディブルグで新たな人生への第一歩を踏み出した。オーレリアンは相変わらず配慮に欠ける部分もあるが、以前よりもよく考えてものを言うようになったと周囲からの評価はまずまずだ。
一週間と数日が経った頃、ラトクリフに道案内をしてもらいながらローズたちは三人でペレニス観光を終え、一足先にマリーはウェイリッジへと帰る。「ベアトリスのことは任せて」と自信たっぷりに言って、彼女は別れを告げた。
機嫌もよくなったローズはリベルモントを出発してヴェルディブルグへ帰る前日に宮殿へ戻って泊めてもらい、早朝には支度を済ませて朝食だけを摂り、用意された送迎の馬車で駅へ向かうようボリスに勧められて「そうするか」と前庭へ向かった。
「本当にお世話になりました、レディ・ローズ。それにシャルロット様」
今回の出来事はボリスの依頼に起因する。騒動に巻き込まれる事はこれまでに何度もあったが、右へ左へと複数の問題に向きあったのは久しぶりだとローズは肩が凝ったような仕草をして可笑しそうにする。
「なかなか疲れたが、すべて上手くいって良かった」
「ええ。この度はなんと礼を申し上げていいのか」
「ほかの仕事も重なったがそれぞれから受けた依頼だ、気にするな」
「そうそう。ボクたちはすべき事をしただけ……だよね、ローズ?」
「というわけさ。まあ、楽しめたよ。物騒な話もほとんどなかったし」
クロユリ地区で襲われたとはいえ大した問題ではない。仮にあの場でボリスが現れなかったとしても、彼女が指示を出さない限りは常にシトリンが傍に隠れているからだ。むしろ命拾いしたのはごろつきたちの方だと言えた。
「それなら良いのですが……私は結局、花の国の騎士らしい振る舞いもできず、近衛隊という盾の役割にも満ちていなかった。あなた方がこなければ、きっと」
「どうかな。お前はお前なりによくやっていたと思うがね」
彼なりに立ち回った結果、ベアトリスやフェリシアが新たな人生を歩むきっかけとなったのは間違いない。ローズは彼の想いに応えるよう最善を尽くしただけなのだから。
「オーレリアンにしても、お前への信頼は厚い。ただ日々を積み重ねてきただけでなく、誰かのためにと尽くしてきたんだ。胸を張るべきことだろう。クロユリ地区の規模が小さくなったのも今の近衛隊のおかげだとラトクリフも言っていたぞ」
「はは、本当ですか。嬉しいかぎりです、努力の甲斐を感じますね。いつかは皆が笑って暮らせるような平和な場所ばかりになればいいんですが」
クロユリ地区の現状を目の当たりにして、いくら変わってきたと思ってもまだまだ精進が足りないと彼は瞳に強い決意を宿した。
「ボリスさんはすごいね、絶対うまくいくよ。でも無理はしないでね」
「あ……ふふっ、そうですね。たまには休みませんと」
倒れてしまっては元も子もない。これからも先頭に立ち続けるためには適度な休息も必要だ。ボリス・ラナンキュラスとはそれだけ働き者で、彼が進み続けるかぎり近衛隊に所属する者たちも、前へ前へと歩めるから。
「そろそろお別れの時間ですね、レディ・ローズ」
宮殿の入口までやってきて、大きな二枚扉の前で二人の近衛兵が今かと押し開ける準備をしている。今日でリベルモントを去る魔女に、大きく一礼した。
「またリベルモントへ来てください。楽しみにしています」
「こちらこそ。悪くない時間を過ごせたよ」
扉を押し開けた先、広い前庭に一台の馬車が停まっている。だが驚くべきなのは、彼女の出発を見送るためにずらりと近衛隊の面々が並んでいたことだ。
「……ただの見送りにしては数が多い気がするが」
「私とオーレリアン殿下で話し合いまして……盛大に、と。我々近衛隊一同は花の国の騎士として清く美しく、崇高なるレディ・ローズへの感謝を示し、再び訪れて頂けるよう最後まで礼を尽くしたいのです。どうかご理解くだされば」
ローズは小さくため息をもらす。
「あまり好きじゃないんだが。……まあ、今回は良しとするか」




