第40話「恵まれたなら」
パーティの後、オーレリアンはひどく悩んでいた。シャルルから言われた言葉をまるで理解できず、それほどの行いだったかと何度も考えた。そこでふと思い出した。分からない事は常に実践してきたではないか、と。
狩りは元々趣味ではない。生き物を撃ったときの悲鳴が苦手だったから。とはいえ自分が肉を食らう普通の人間である事は自覚していたから料理として並ぶことに違和感はなかった。しかし料理というものは生まれて一度も経験した事がない。それが特別嫌いでもないのに。
何もかも用意されて当たり前。自分の世話は誰かがしてくれる。そんなふうに考えていた。誰もが自分を否定せず、頷いて称えてくれる。そんな傲慢がどこかにあったのだ。だから最初に厨房へ向かってみる事にした。
「驚きましたよ。包丁を手に握るのがあんなにも怖いなんて。皿に盛り付けるのも上手くいかなかった。皆は私を気遣ってよく出来ていると言ってくれましたが……正直な感想を頂けて何よりです。ちょっと料理が好きになりましたよ」
これまでとは違う環境。目に見えた人々の真剣な顔と、一緒になって喜んでくれる姿に心打たれ、自分の行いがこれまでいかに見下げ果てたものかを知った彼は、またひとつ成長できたと朗らかに言った。
「まあ……ボクが役に立てたのなら何よりです」
「この礼は必ずや。女王陛下にも伝えたいくらいで……」
「あ、それは別に。ただ、これからも仲良くして頂ければ」
「もちろんですとも。ところで、ずっと気になっていたのですが」
彼の視線はマリーへ移った。すこし頬を赤らめて。
「そこの美しい女性はお二方の知り合いですか?」
「ああ。ヴェルディブルグの田舎町から旅行に来たそうだ」
紹介されてマリーは食事の手を止め、微笑んで小さくお辞儀した。
「初めまして、皇太子殿下。マリー・カレアナと申します」
「……カレアナ? ああ、もしかして、あのカレアナ商会のですか!」
その驚きようときたら突然大きな声をあげたもので全員びくっとする。マリーもまさか知られているとは思っておらず「御存じなのですか?」と尋ね返す。
「ハハッ! 実はこちらへ来た商人からウェイリッジという小さな田舎町にあるカレアナ商会ではよくできた銀細工の仕入れが盛んだと少し前に話を聞いて、実物を見てみたく送って頂くよう先日に手紙を出したところなのです!」
これにはマリーもチャンスだと思ったのか食いついた。
「まあ、本当ですか。でしたらもう少し詳しくお話をしてみたいですわ。……ああ、それから、先ほど中庭でお聞きしましたが、毛皮もお探しのようでしたらカレアナ商会には高品質なものが揃っておりますよ。いかがでしょう、今後の件も含めて、ゆっくりお話でも」
どちらの目も輝きだす。話しているのが楽しくて仕方ないといった様子で、ローズはシャルルに目配せしてから「そろそろ行きたいところがあるから、私とシャルルは席を外しても良いかな?」と申し訳なさそうに言ってみる。
「ああっ、すみません! 話し込んでしまって……」
「立たなくていい。食後の散歩がしたいだけさ」
マリーと目を合わせ「では、あとでな」とそれとなくエールを送る。その想いが伝わったのか、彼女はきりっとした凛々しいまなざしで返事した。
メイドに礼を言って早々に退室し、宮殿の窓から遠くに見える町の景色を目に映す。初日の不機嫌もすっかり忘れ、ローズは心なしか楽しそうだった。
「マリーってば、すっかり商人の顔になってたね」
「あの強さは母親譲りだな。クロヴィスは気が弱いから」
「そうなの? クロヴィスさんもしっかり者だと思ったけど」
「あの商館が大きいのはアネット……マリーの母親のおかげだよ」
クロヴィスの代になってからは伸び悩む時期があったが、アネットが来て、マリーが生まれてからどんどん変わっていったとローズは嬉しそうに思い出話を語る。今は亡きアネットの事を大切な友人のひとりだったと惜しんで。
「クロヴィスにしろ、オーレリアンにしろ……関わる人間に恵まれれば、ああして良い方向へ変わることもある。残念ながら悪い方向に進む場合もあるのは否定できないがな」
「……そうだね。ボクもローズにあって、すごく変われた気がする」
「お前はすっかり変わったよ。前よりも立派にな」
「えへへ。ローズがそう言ってくれると嬉しいなあ。……ん?」
ふと、人だかりが出来ているのに気づく。メイドたちがざわついていた。近寄って何が合ったのかと尋ねてみると、部屋の中でフェリシアが泣きながら怒って荷物をまとめているので、そんなに急に出て行かなくてもと皆で止めていたところだった。
メイド長のエメラもどうしたらいいのかと困った様子だ。
「おい、お前たしかエメラ・オリーブとか言ったな」
「あ……これは魔女様。その通りでございます」
「少しフェリシアと話をさせてもらえないか? 人払いを頼む」




